『ルックバック』改変事件のまとめと感想

以下、本文では『ルックバック』のネタバレとなり得る言及がありますので注意ください。

1 大前提1:『ルックバック』とは?

漫画アプリ「少年ジャンプ+」に掲載されているマンガ。
漫画「ファイアパンチ」「チェンソーマン」の作者、藤本タツキ先生の最新作。公開当時から非常に高い評価を受けた作品である(R3/7/19公開)。

2 大前提2:改変について

上記作品に関して「統合失調症の患者が犯罪を起こすという偏見につながるのでは」という一部読者の意見に対して、集英社が「偏見や差別の助長につながることは避けたい」との理由から、藤本タツキ先生自身が作中の数コマを改変したものと差し替えて公開する判断をした(R3/8/2)。

3 重要な事実の確認

① 『ルックバック』作中に精神疾患である人物は登場しない。

  作中の『犯人』と呼ばれる人物が幻聴を聞くなど病的な一面を見せるが、彼が精神疾患であるという明確な描写はない。実際に、読者もそう認識しなかったという意見が多数である。

 あくまで、『犯人』の『幻聴』や言動が『統合失調症』を想起する可能性があるといった程度のものである。そして、本作品のテーマを理解していればそのような誤解はないはずなのだ。

② 改変によって作品のテーマが一部損なわれた。

 改変前の『犯人』はクリエイターであり、挫折から精神を病み凶行に及んだ。本作品がクリエイターの物語であることからこの設定は重要な意味を持つ。それが、改変後はただの通り魔とされてしまっている。実質ストーリーから一人のキャラクターが消滅しているに等しい。

※「精神を病み」との表現は、医学的な意味で精神疾患を患っているという意味ではない。ここでは、あえて使わせてもらった。また、『犯人』の『幻聴』についても医学的な症状としての『幻聴』があったかどうかは不明である。

③ 京都アニメーション事件の犯人については、公判も行われておらず確定的なことは何も言えないこと。また、犯人と『統合失調症』を結び付けるような事実は存在しないこと

4:私の感想1 雑感

 出版社が「偏見や差別の助長につながることは避けたい」と考えたことについては、賛成も反対もしない。ただ、そのような懸念があれば本作品に文章でその旨付け加えれば済む話だったと思う。改変という手段は、表現の自由を委縮させるものであって、最終手段であり安易に用いるべきではない。

「作者が納得していること」について。一度作品として公表しているものについて、これを改変することに「納得している」とはどういう意味だろうか。これは慎重に検討する必要があると思う。そして、もし仮に藤本タツキ先生自身が、改変によって本作品がより素晴らしいものになったという意味で納得しているとしても、読者の多くが共感できなければ『改悪』と評価がなされることは仕方ない。

「京都アニメーション事件」との関連性について。本作品の発表のタイミングからも、上記事件が本作品を書く上での動機の一つになったことは間違いないと思う。ただ、ストーリーとは直接的には関係ない。上でも述べたように判決も出ていない時点で確定的なことは言えないけれど、上記事件の犯人は現時点では精神疾患とは無関係だと考える人間の方が多数だと思う。この点でも今回のクレームについては、直接的な関連性は薄いと思う。

 5:私の感想2 何が問題だったのか

 まず、今期の判断が極めて短期間で行われたこと。公開からわずか2週間である。これは、本作人の単行本化に間に合わせたいという出版社の意図からだろう。公開された作品をクレームによって改変するという重大事案を、短期間で安易に認めてしまったこと、その理由がおそらく商業的理由であることは残念。

 そして、なにより改変という手段をとってしまったこと。私としては、既に述べた通り出版社が『懸念』することまで否定するつもりはない。ただ、それは作品本体とは別に、出版社としてその旨を説明すれば読者は十分に理解し納得できただろうと思う。(もちろん、より直接的で強い影響が予想される描写があれば改変には反対しない)

 作品を改悪してしまったこと。何より上記の懸念なんてものは通常の読解力ある読者なら、心配する必要のないモノなのだ。実際、ネット上の意見を見ても、『統合失調症』を想起したという意見は少数である。『犯人』は屈折したクリエイターだということは十分に表現されていた。少年ジャンプ+の読者が『少年』であるという理屈を加えても、やはり改変というのはやりすぎだろう。

 何故、今回の事件で人々が怒っているのかといえば、出版社が『事なかれ主義』『商業主義』を理由に作品をないがしろにする態度、それが一般化するおそれがあるからだろう。ここでは具体的な例をあげないけれど、ポリコレを理由に表現を規制しようとする動きが色々とみられる昨今、これに対し敏感になっているのは間違いない。そのときに出版社は、表現の自由を守る側に立って欲しいというというのが私の願いだ。

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?