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ちゃぶ台の上から#6

春が眠い目をこすりながらもぞもぞと起きて来た。

庭先に積み上げた雪もあっという間に溶け、去年の秋口に僕の母が勝手に植えた「ナントカ」の球根も濡れた土から芽を出している。

去年の夏の終わりに引っ越したので、この新居で迎える最初の春だ。
この家は窓を開けるとよく風が通る。角地に面しているため、遮るものが少ないからだろう。
天気が良いので、今年に入って初めて窓を開けて、生ぬるい風が家の中に入り込んでくる感覚を味わった。
出窓に置いた植物達も少しずつ新しい葉を出し始めている。

今日はちょっとした料理でもして、昼間のうちに缶ビールでも空けてしまおうか。
そんな気分になった。
スーパーに向かう道中、神社の境内の桜がほんのり咲き始めているのが目に入る。満開はもう少し先になりそうだ。
雪解け水が大量に流れ込んだ川は増水し、茶色く濁っている。
いつも通りの春が目の前に広がっている。

適当な食材と惣菜を一つ買って、家に帰ってきた。
惣菜を電子レンジに放り込み、温まるのを待てずに缶ビールのプルタブをひねる。
どうやら体に悪いらしいということは承知しているけれど、ビールの炭酸が空っぽの胃袋に流れ込んでいく感覚はたまらない。

料理は気が向いた時にしかやらないし、手の込んだものは作れないので、簡単なものばかりだが、ダラダラと調理に取り組むのは割と好きな方なのかもしれない。
トマト缶を開けて鍋に入れ、適当な野菜とベーコン、ウインナーを放り込んで煮るだけで、割と食べ応えのあるものになる。味付けは塩と胡椒だけでも十分だけれど、ついその気になってあれこれ足してしまったり、量を増やしてしまったり、余計なことまでしてしまうのは悪い癖だ。

惣菜を頬張りながら、グツグツ煮込んで完成したトマト煮込みは自分で食す分にはまあまあの出来だった。
ビールとの相性も悪くない。
けれど結局、作った分は全部食べきることができなかった。
明日の朝も同じメニューになりそうだ。

今までは休日に外出しないと勿体無い気分になっていたのだけれど、この家に越してからはゆっくりインドアを楽しめるようになった気もする。
ちゃぶ台もこの部屋に馴染んだ様子で、濡れた布巾で拭いてやると少し誇らしげに見えた。

春はいつだって他の季節より速く過ぎていく。
こんな文章を考えている間に夏はすぐそこに近づいている。

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