現場で役立つ高周波焼入れ入門
0.はじめに
私はこれまで、鉄物エンジン部品の機械加工を中心として生産技術者を20年ほどやってきました。
機械加工の技術者がなんで高周波焼入れなの?と思われたかもしれませんが、後述するように高周波焼入れの大きなメリットとして機械加工設備と並べて置くことができる、というポイントがあります。
また、熱処理は前工程、後工程と強く関係があるので、私の会社では高周波焼入れは熱処理技術者ではなく機械加工技術者が面倒を見ることになっていました。
私の生産技術者キャリアの中でいろいろな苦労をしてきましたが、その中でも熱処理、特に高周波焼入れで一番しんどい思いをしたと言っても過言ではりません。
硬度が出ない、割れる、原因不明の軟化、焼き模様が悪い、などなど、パッと思い出せるだけでもこれだけ出てきます。私はそのたびに夜中まで工場に残り、焼いては製品をカットし、磨き、顕微鏡を覗いたり硬度を測定したりということを繰り返してきました。
私の会社では高周波焼入れはそれほど多く扱っていませんでした。部品のごく一部、それも毎回ほぼ同じような形状をしている物を処理するだけだったので、従来あった物を流用するか、同じような考えでコピーすればほぼ事足りるような環境でした。
ですがある時、私が担当していたある製品に新技術を織り込むこととなり、その前工程として高周波焼入れが必要になりました。初めて今までとは違う製品が相手になったわけですが、その製品開発担当を私がやることになりました。
当時、会社に入ってまだ3年目くらいだったかな。高周波焼入れもまともにわからないし、それ以外の工法についても会社で初めて挑戦するものばかり。今思えば、よくも私のような新人にこの仕事を任せたなと思います。
それらの新しい工法の中で、実は目玉工法は高周波焼入れではありませんでした。どちらかといえば高周波焼入れは既存工法だったので、注目度が低かったというか、やったことがある工法だからそれほど苦労しないだろうと高をくくっていたところがあります。
ですが、この油断が後々大きな後悔につながるとは夢にも思いませんでした。いや、そんなことを心配する余裕もないほど、知識がありませんでした。
苦労をしながらも最終的にはなんとか製品を世の中に送り出すことができたわけですが、そこまでに高周波焼入れで苦労した経験値の方が私にとっては大事な物になったと思っています。
このように、高周波焼入れで私は苦労をしてきたわけですが、誰にも頼ることができませんでした。なぜなら新しい方法であったため、経験を持っている人が身近にいなかったからです。ネットで調べても自分が苦労していることを解決してくれそうな有益な情報を得ることはできませんでした。そうなると、頼るのは本しかありません。
私は問題を解決したい一心で高周波焼入れに関わる本を一生懸命探しました。ですが、私が欲しがっていた情報が書かれた本がなかったんです。熱処理に関する本は世の中にたくさんありますが、それらの本は熱処理に関する基礎的な内容ばかり。しかも、世の中で広く使われている調質(焼入れ・焼戻し)や焼鈍、焼準、あるいは浸炭焼入れがほとんど。あまりメジャーではない高周波焼入れは脇役中の脇役扱いで、本の最後の方に参考程度の記述があるだけ、という物ばかりでした。
このような情報不足の状態の中、少しずついろんな本をかじって知識を拾い集めていったわけですが、こんな本があったらいいのになあ、という思いを常に持ち続けていました。いつか時間ができたらこの知識を形にして残したい。自分と同じ苦労を後輩にさせたくない、と思いながらも、仕事に忙殺されて、いつしかその思いもどこかへ行ってしまっていました。
ここ最近、私にもある程度時間的余裕ができてきたのですが、そういえばあの時の思いをまだ形にできていないなあ、とふと思う時がありました。それ以来、私の歴史を形に残したいという思いが少しずつ強くなってきました。
そこら辺にある専門知識、基礎知識は他書の方が詳しく、丁寧に書いてある。今さら私がそんなことを書いても仕方がない。でも、あの時に苦労したノウハウがあれば、きっと役に立てるはず。こんな本があったらなぁ、と思っていた当時の私を助けてあげるつもりで書けば、多くはないにしても同じような苦労をする人は減るはず。そう思って、このような記事を書いてみようと思ったというわけです。
他の専門書に書いてある基礎知識、難しい知識、理屈はわかるんだけど実際の工場での仕事に応用するのが難しい知識は省くようにして、工場で実際に使える知識とノウハウに絞って書こうと思っています。
したがって、専門家の方から見れば、こんなデタラメ書きやがって!!というお叱りを受けることもあるかもしれませんが、あくまで現場で活躍する生産技術者が実務に使える内容であり、知っていればちょっとは専門家面して話ができるようになる内容、というコンセプトで書いていきますので、そこら辺はご容赦いただければと思います。
一人でも多くの生産技術者が「こんな記事が読みたかった!!」と思ってくれるような記事を書いていきたいと思っていますが、このような記事を読みたい方がいらっしゃればコメントをいただけると嬉しいです。
目次
0.はじめに
1.そもそも高周波焼入れとは?
1-1.メリット
1-2.デメリット
2.高周波焼入れに関わる基礎知識
2-1.鉄の種類と炭素含有量
2-2.鋼が硬くなるメカニズム
2-2-1.状態図
2-2-2.等温変態曲線(TTT線図)
2-3.高周波焼入れに関わる基礎理論
2-3-1.電磁誘導
2-3-2.表皮効果
3.高周波焼入れの構成要素
3-1.コイル
3-2.コア
3-3.焼入れ液
4.高周波焼入れで発生する品質問題
4-1.割れが発生するメカニズム
4-1-1.熱応力
4-1-2.変態応力
4-2.応力を少なくする方法
4-2-1.冷却速度のコントロール
4-2-2.サブゼロ処理
4-3.良い残留応力と悪い残留応力
5.最適条件の見つけ方
6.最後に
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