神経学の学習ノートNO.1 小脳の働き

しばらく神経学のアップデートをしていなかったら、世の中は、ずいぶん進んでいました。ですので、新たな知見を脳みそに叩き込みつつ、忘れてしまった知識も復習することにしました。まずは、平衡機能と運動機能の主役の一つである小脳の働きについてまとめることにしました。自分のための学習ですが、アウトプットを心がけると、知識も整理できるので公開します。

小脳は大脳より数倍ニューロンが多い
 大脳神経細胞数160億個、小脳690億個 全体で860億個
ヒトの細胞数37兆2000億(60兆がよく言われている数)、腸内細菌数数百種100兆個。

小脳の役割
 姿勢制御・運動制御および認知・情動機能に関与。前者は、バランスを保ち(平衡機能)、からだをうまく使い(協調運動)、練習するにしたがって無駄のない俊敏な動き(運動学習)ができるようになること。後者は、比較的最近の研究で明らかになってきたことで、非運動機能である認知(記憶、理解そして行動)、情動(共感、喜怒哀楽)といういわゆる高次脳機能のこと。

1)姿勢制御と平衡機能
 平衡機能は、直立姿勢が安定していること、歩容が安定していること。
姿勢制御は、もう少し不安定な状況でも四肢も使ってバランスをとる機能のこと。姿勢制御の土台には、平衡機能がある。
 
 正常な平衡機能(バランスをとる仕組み)とは、空間における自分の位置を正確に把握し、それに基づき頭の位置を修正し、眼球の傾きを修正し(前庭動眼反射)、体幹の位置を修正することで達成される。

 空間における自分の位置(重力線に対して平行に立ってるか、傾いているかなど)は、平衡感覚(内耳にある前庭器官からの情報、頭の傾き、動きを検出)、固有受容感覚(筋緊張の程度、関節角度)、足底の触圧感覚視覚(外界と眼球の位置関係の情報)で知ることがでる。

 頭の位置の修正は主として頚部筋の制御で行い、眼球の傾きは外眼筋で行い、体幹・四肢の位置はそれぞれの筋で行う。

2)小脳の運動制御についての補足
 巧みな運動は、姿勢制御が、うまく行われていることを前提に、四肢、体幹を巧みに動かすことでなされる。適切なタイミングで、必要な筋のみを収縮させ、必要のない筋は脱力させる(協調運動)ことでなされる。対象物に対して適切な視線を向けるという眼球運動も重要。
 職業・スポーツなどの作業・動作が、スムーズかつ俊敏になるということは、協調運動の洗練化。洗練化の過程を運動学習という。

3)小脳の役割のまとめ
 姿勢制御:平衡機能(頭位調整、眼球位置調整、体幹位置調整)、四肢位置調整
 運動制御:姿勢制御+協調運動、運動学習
 高次脳機能:認知と情動


小脳の解剖・系統発生学
1)解剖学的区分
 中心部を小脳虫部、左右の膨らみを小脳半球といい、小脳半球は、第一裂を境に、上部が前葉、下部が後葉片葉・小節葉は、虫部あるいは半球とは分けて記述される。
 
2)系統発生学的区分
原小脳(魚類の脳)、古小脳(爬虫類からの脳)、新小脳(霊長類~ヒトの脳)に分類される。
 原小脳は、最も古い原始的な部分で、魚類の小脳のほとんどを占める。人間では、片葉小節がここに該当する。
 古小脳は、爬虫類、鳥類でみられ、哺乳類で発達する。前葉が該当する。ただし、系統発生的区分と機能区分が一致するという考えに基づくと、虫部・傍虫部(小脳半球中間部)が、古小脳に該当する。 
 新小脳は、ヒトで発達し、後葉が該当する。機能区分と一致する説に従うと、小脳半球外側部が該当する。

小脳の機能区分
1)前庭小脳(片葉小節葉)
  平衡覚(前庭器官ー前庭神経核からの情報)および視覚(上丘、視覚野からの情報)をもとに、眼球運動(前庭動眼反射、追跡性・衝動性眼球運動)、抗重力筋とくに頚部筋(頭位を垂直に保つ働き)を調整し、平衡機能を保つ。ここが障害されると、立位が不安定になり、歩容も安定しない。

2)脊髄小脳(虫部および半球中間部)
 体幹、四肢からの固有受容感覚、視覚情報、聴覚情報、三叉神経核(咀嚼筋、顎関節からの情報か?)を受け取り、虫部は、体幹・四肢近位部、半球中間部は四肢遠位部の筋緊張をを調整することで、姿勢の制御、歩容の調節を行う。

3)大脳小脳(半球外側部、主として後葉)
 大脳皮質(前頭葉、頭頂葉)からの情報を、対側の橋核経由で受け取り、小脳核を介して一次運動野、運動前野、前頭前野に情報を送ることで、運動計画と実行に寄与し、滑らかな動作(協調運動)を実現する。認知・情動などの高次脳機能に関与するのもこの部分である。


小脳への入力信号の経路
 概略 小脳は橋の背側面にあり、上小脳脚、中小脳脚、下小脳脚で連絡している。上小脳脚は、主として大脳、脳幹への出力信号を、中小脳脚は大脳からの入力信号を、下小脳脚は、脊髄および前庭神経核からの入力信号を伝える経路である。

 小脳に入る経路は、いまだ不明な部分があるため、文献により、けっこう違いがある。

1)下小脳脚を通過する経路 
後脊髄小脳路 下肢からの固有受容感覚(筋紡錘からのⅠa群線維やGolgi腱器官からのⅠb群線維による関節運動に関する感覚)や足底などからの触・圧覚が、胸髄核=クラーク核(C7~L3、T10~L2で特に発達)でニューロンを乗り換え、主として同側の脊髄小脳(虫部&半球中間部)に至る。

補足
 後脊髄小脳路経由で小脳に至る神経線維の終止領域は、同側の虫部および半球中間部に100%、前葉に29%、反対側小脳の虫部&半球中間部に48%、前葉に17%という文献がある。 
 さらに、足底からの触覚、圧覚、関節の位置覚などは、脊髄小脳路ではなく、同側の後索を上行し、延髄で副楔状核でニューロンを乗り換え、下小脳脚から小脳に入るという文献もある。

副楔状側核小脳路 上肢からの固有受容感覚は楔状束(後索)を上行し、延髄の副楔状側でニューロンを乗り換え、小脳下脚から入り、同側小脳(おそらく虫部、半球中間部、前葉)に至る。

前庭小脳路 前庭神経核から同側の片葉小節葉に至る。前庭器官(三半規管)からの直接の神経線維もあるとされている。

オリーブ小脳路(オリーブ核小脳路) 下オリーブ核から反対側の前葉、後葉、片葉小節葉に至る。協調運動の時間的タイミングを調整していると思われる。 

2)中小脳脚を通過する経路 
橋核小脳路 大脳皮質(主として頭頂葉)からの情報が同側の橋核を経て反対側の小脳後葉に至る

3)上小脳脚を通過する経路
 主として出力信号の経路であるが、一部入力信号も伝える。
前脊髄小脳路 下肢からの固有受容感覚を伝える線維の一部(後脊髄小脳路以外)は、腰髄後角でニューロンを乗り換え、中心灰白質の前で交叉し、対側の前側索を上行し、小脳上脚の高さで再び交叉して同側の小脳(虫部、半球中間部、前葉)に至る。反対側の小脳へも線維を送るという報告もある。この経路は、まだ検証が余地があるとされている。

吻側脊髄小脳路 上肢からの固有受容感覚を伝える線維の一部は、頚髄後角でニューロンを乗り換え、同側の小脳(虫部、半球中間部、前葉)に至る。未解明な部分のある経路である。

4)脊髄から小脳への入力信号に関するまとめ
 まだ経路について諸説があるため、簡潔にまとめると、脊髄を経由して下肢、体幹、上肢から小脳に送られる信号は
 固有受容感覚(筋紡錘、ゴルジ腱器官:筋緊張のセンサー):意識の上らない深部感覚
 固有受容感覚(関節の位置覚、運動覚、振動覚):意識できる深部感覚
 体性感覚(触覚、圧覚):表在感覚
がある。
 これらの感覚はすべて、主として同側の脊髄小脳(虫部、半球中間部、前葉)におくられる。一部、反対側にも送られる。 固有受容感覚(筋紡錘、ゴルジ腱器官:筋緊張のセンサー)は、脊髄小脳路(後、および前)を通り、固有受容感覚(関節の位置覚、運動覚、振動覚)、体性感覚(触覚、圧覚)については、脊髄小脳路とは別に後索経由で小脳に至るとする文献もある。 


小脳からの出力信号の経路
 前庭小脳からの出力を除き出力信号のほとんどは、小脳核を経由して上小脳脚より出力される。

1)前庭小脳(片葉、小節)からの出力 
 目的:眼球の動き、頭の傾きを調整し、下肢の抗重力筋の緊張を調整して、バランスを維持する。
①小脳核を経由せずに同側の前庭神経核に至り外眼筋運動ニューロン(動眼神経核、外転神経核、滑車神経核)を制御する。=眼球運動
②小脳核を経由せずに同側の外側前庭神経核(ダイテルス核)に至り前庭脊髄路(外側前庭脊髄路)を介して、同側の下肢筋(伸筋を興奮させ、屈筋を抑制する)を制御して、平衡を維持する。内側前庭脊髄路は、頚部筋の両側を支配し(同側は抑制性、対側は興奮性が主)、頭部を垂直に保つ(前庭頚反射)ことで、平衡機能を維持する。

2)脊髄小脳(虫部、半球中間部)からの出力
①虫部から小脳核(内側核:室頂核)を経由して反対側の橋・延髄網様体核に至り、網様体脊髄路を介して両側の体幹筋、四肢近位筋の緊張を制御し、平衡維持に関与する。
 橋網様体脊髄路は伸筋を促通、延髄網様体脊髄路は伸筋を抑制している。  
また、小脳核を介せず、直接、同側の外側前庭神経核にも神経線維を送り、前庭脊髄路を介して前庭小脳とともに平衡維持を行う。
=平衡機能、反射的な姿勢制御(バランスを保つ)を行う

②半球中間部から小脳核(中位核:栓状核、球状核)を介して反対側の中脳にある赤核(大細胞性)に信号を送り、一つは赤核脊髄路(錐体路とともに延髄で交叉し、反対側を支配。したがって小脳からみると、同側を支配)を介して不随意の運動調節で錐体路の働きを助ける。屈筋に対して促通的に働く。もう一つは、反対側の視床腹外側核(VL)を介して一次運動野・運動前野に情報を送ることで、四肢のスムーズな運動(遠位筋を含めて)を実現する。=協調運動
 
3)大脳小脳(外側半球)からの出力
 小脳核(外側核:歯状核)を経て反対側の視床(腹外側核、背外側核)さらに皮質運動野(一次運動野、前運動野)・前頭連合野(前頭前野)に情報を送る。
 ここでいわゆる大脳小脳連関といわれるループ回路が形成される。 もう一つは、小脳核(外側核:歯状核)を経て反対側の赤核(小細胞性)ー同側の下オリーブ核に下行し、反対側の小脳外側核へと信号が送られ、閉じたループとなる。小脳外側核にフィードバックをかけている。
=学習記憶と小脳から大脳間の相互フィードバックにより、効率的でなめらかかつ俊敏な運動がなされることになる。


4)まとめ
 それなりに複雑なので、簡潔にまとめると
前庭小脳(片葉、小節葉)は、平衡機能を保つために、視線を適切な方向に向け(眼球運動)、頭を垂直に保つ(頚部の筋を制御)ことに寄与している。
脊髄小脳虫部は、体幹および下肢近位筋の緊張を調節することで、平衡機能維持に寄与。
脊髄小脳半球中間部は、四肢の筋の緊張を制御することで平衡機能に寄与するとともに、四肢のなめらかな運動(協調運動)にも寄与。
大脳小脳は、大脳皮質運動野と協調することで、運動学習を行い、より洗練された協調運動を実現する。

小脳に問題があるかもしれない場合の見方、検査の概要
1)平衡機能の異常を疑った場合
  症状:座位、立位、歩行のバランスが悪い、めまいがする。
①前庭機能検査(前庭動眼反射:ヘッドインパルス検査、回転いす検査、カロリック検査など
②眼球運動検査(滑動姓、衝動性)など。
上記で異常がでる場合は、前庭小脳あるいはその入力信号の異常
③固有受容感覚(関節位置覚、運動覚)、体性感覚(足底圧覚、振動覚)の知覚検査
これで異常が出れば、脊髄小脳ではなく入力信号の問題。後索の異常を検査したことになるが、小脳への入力信号も異常となっている可能性はある。
④ロンベルグテスト
深部感覚異常であれば、閉足閉眼での立位が顕著にバランスがわるくなるが、脊髄小脳の問題の時は顕著ではない。
④筋トーヌスの低下の有無
体幹、あるいは四肢近位筋に筋トーヌスの低下、筋力低下があれば脊髄小脳に問題がある。

2)協調運動の異常を疑った場合
運動失調(失調歩行、手足の動きが不自然、発音が不明瞭、不自然)がある。
下記の検査を行い異常の有無を調べる
 測定障害の有無:指鼻(指)試験、踵膝試験
 運動分解の有無:指鼻試験
 協調運動の障害:変換運動試験 
   

参考にした文献、画像
1)小脳の解剖・機能
①小脳wiki https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E8%84%B3
②小脳大脳基底核 https://www.naramed-u.ac.jp/~1phy/Lecture160704.pdf
③小脳の解剖 http://www.chugaiigaku.jp/upfile/browse/browse2114.pdf

2)脊髄小脳路に関連して
①中枢神経系の機能解剖感覚入力系 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkpt/5/0/5_0_11/_pdf
②脊髄小脳路の症候学 https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.5002201536
③脊髄小脳路 https://kigyou-pt.hatenablog.jp/entry/tractus_spinocerebellaris
④脊髄内での上行路配置 http://www.actioforma.net/kokikawa/anatomy/anatomy16a-1-2-1.html
⑤脊髄小脳路 https://www.study-channel.com/2015/12/ascending-pathways.html
3)小脳からの出力信号に関して
①経路http://jspt.japanpt.or.jp/upload/branch/jsnpt/obj/files/%E7%AC%AC5%E5%9B%9E%E3%82%B5%E3%83%86%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9%E9%85%8D%E5%B8%83%E8%B3%87%E6%96%99.pdf
②中脳赤核の運動機能 https://www.jstage.jst.go.jp/article/spinalsurg/28/3/28_258/_pdf

4)小脳の高次機能に関して
①小脳損傷と高次機能障害https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/2010/0/2010_0_BbPI2176/_pdf

補足知識
1)脊髄小脳路に関する諸説について
 現在,脊髄小脳路系は四つの経路からなることが一般に認められている35,36)。後肢領域からの情報を伝えるものとしてクラーク柱起源の後脊髄小脳路(dorsal spinocerebellar tract,DSCT)と脊髄辺縁細胞(spinal bordercells,SBCs)起源の前脊髄小脳路(ventral spinocerebellar tract,VSCT)があり,前肢領域からの情報を伝えるものとして,副楔状束核起源の副楔状束核小脳路(cuneocerebellar tract,CCT)と頸膨大起源の吻側脊髄小脳路(rostral spinocerebellar tract,RSCT)とがある。機能的にはDSCTとCCT,RSCTとVSCTとが対応するものとされている。これらの経路の起始細胞(起始核),走行,小脳皮質における終止部位を解剖学的な面から考察してみる。CCTは延髄下端にある特定の核から起こるので単一の経路と見做しうる。RSCTは起始細胞不明で形態学的には実証されていない経路である。DSCTの起始はクラーク柱で,VSCTの起始は脊髄辺縁細胞(SBCs)である。その経路や小脳における終止部位もすでに明らかにされたものとして記載されている。しかしながら,これら二つの最も古典的な経路でさえ,その定義は決して明確でない。

2)前庭脊髄路:前庭小脳から前庭神経核へ投射された後に、前庭神経核から脊髄を下行する経路の詳細
①外側前庭脊髄路
 外側前庭脊髄路は、前庭神経核を出て尾側に走り、顔面神経核の背内側、疑核の背内側を通過し、舌下神経の外側に至る。その後,下オリーブ核の背外側,外側網様核の背側部を通過して脊髄に至り,脊髄では同側の側索腹側部を通って,頚髄,胸髄、腰髄に至る[5]。
 外側前庭脊髄路はおもに耳石器からの入力を受け、腰髄までの脊髄全域に同側性にのみ投射しており、頚部・体幹・上下肢の全てに影響を及ぼし、上下肢を含む全身の前庭脊髄反射に関係している。脊髄内での終止部位については古くは変性実験(前庭神経核を破壊することにより、変性した神経線維と終末の存在する部位を観察する方法)により調べられた。その結果、外側前庭脊髄路は、脊髄灰白質のRexedによる分類[6]のうち、主に介在ニューロンの存在する部位である、VII層およびVIII層の内側部に投射することが示された。運動ニューロンの存在するIX層(運動神経核)への投射については、四肢の筋の運動ニューロンが存在する脊髄分節(頚髄と腰髄)においては認められず、胸髄と上部頚髄では運動神経核にもわずかに投射が認められた。
 外側前庭脊髄路細胞は興奮性細胞のみである。
②内側前庭脊髄路
 内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract: MVST)は,前庭神経核を出た後,内尾側に走り内側縦束に入り,次第に腹側に位置を変えながら延髄の閂(obex)のレベルで錐体交叉の背側を走り,その後次第に腹側に至り前索内側部を走り,主に上部頚髄から下部頚髄付近で終わる[7]。
 内側前庭脊髄路は、おもに半規管からの入力を受け、両側性に投射し、大部分は頚髄のレベルで終わっており、前庭頚反射に中心的役割を果たしている。外側前庭脊髄路細胞と異なり、内側前庭脊髄路細胞には興奮性のものと抑制性のものがあり、原則として興奮性のものは対側の脊髄を下行し、抑制性のものは同側の脊髄を下行する。しかし対側の脊髄を下行する抑制性細胞も少数存在する。古典的には、上位中枢から脊髄へ抑制性の制御を行う経路は、いずれも脊髄レベルに存在する抑制性の介在ニューロンを介するものであり、抑制性神経細胞の軸索は一般に短いと考えられていたが、内側前庭脊髄路は、長下行性伝導路細胞そのものが抑制性である例として、最初に同定された系である[8]。
 内側前庭脊髄路細胞は、おもにVIII層とその近傍のVII層に終わっており、体幹筋を支配するIX層の運動神経核には投射が認められないとされた。しかしながらその後、単一細胞の軸索の投射様式を厳密に解析することのできる、神経標識物質(horseradish peroxidase, HRP)の細胞内注入法が開発され、ほとんどすべての前庭脊髄路細胞が、複数の髄節において、多数の側枝を出しており、さらに複数の異なる頚筋の運動細胞に直接投射していることが明らかとなった[1]。これは、前庭脊髄反射では、多数の頚筋や体幹筋が同時に制御されているが、少なくともその一部は、単一の前庭脊髄路細胞による異なる筋群の運動細胞の支配様式により実現されていることを意味する。

③γ-運動ニューロンへの作用
 前庭脊髄反射自体が、姿勢制御に関する反射であるが、前庭脊髄路はさらに脊髄反射を修飾する作用もある。筋の伸張に伴う筋の長さの変化と伸張速度に関する情報は、筋紡錘により感知される。筋紡錘からのIa 群線維は、脊髄後根を介して脊髄に入り、伸ばされた筋の運動ニューロン(α-運動ニューロン)に直接に結合し、興奮作用を及ぼす(伸張反射)。そのため、伸ばされた筋は収縮し、もとの長さにもどるように調節される。筋紡錘の中には錘内線維という小さな筋線維があり、γ-運動ニューロンにより支配されている。その収縮力は極めて弱く筋の張力としては寄与しないが、錘内線維が収縮すると、求心線維の終末部の緊張度が高まりその感度が増加する。外側前庭脊髄路は、伸筋のα-運動ニューロンのみでなく、γ-運動ニューロンにも直接の興奮作用を及ぼすことが知られ、これにより、筋のさまざまな活動レベルに応じて、筋紡錘が最適な感度で活動できることになる[9]。

3)下オリーブ核について
下オリーブ核(Inferior olivary nucleus)は延髄の錐体の外側にあるオリーブを構成する神経核である。小脳歯状核に似たアルファベットのCの形をしたものが主核である。その背側に背側副オリーブ核と腹側副オリーブ核がある。主核の内側に開いている部分を門といい、小脳に向かう出力線維が通過する。この出力線維は交差して反対側の下小脳脚に向かい登上線維(とじょうせんい、climbing fiber)ともよばれる。
下オリーブ核では通常のシナプス結合に加え電気シナプスが形成されており、主核自体が電気的に同期した活動をしている[1]。下オリーブ核の出力は登上線維となり小脳皮質の分子層でプルキンエ細胞と多数のシナプス形成をする。1本の登上線維は小脳皮質の前後方向に1~10個のプルキンエ細胞とシナプスを形成するが1個のプルキンエ細胞は1本の登上線維としかシナプスはつくらないのが特徴である。
登上線維は下オリーブ核の電気的に同期した活動を伝える興奮性線維であり小脳皮質の前後方向の複数のプルキンエ細胞に直接シナプス接続する。登上線維によるプルキンエ細胞への強力な入力は小脳皮質の前後方向のプルキンエ細胞に協調運動のための時間的情報を伝達し、また苔状繊維から平行線維を介して小脳皮質の左右方向に体性感覚の位置情報が伝達され、この両者によって協調運動の時空間的な制御が行われていると考えられている下オリーブ核[2]。
下オリーブ核の主核と副核で出力線維がシナプス形成する場所が異なる。主核の投射線維は小脳半球の全体に分布する。副核の投射線維は虫部と中間部に分布する。入力線維にはダルクシェヴィッツ核、カハール間質核、上丘など視覚に関連した神経核や中脳中心灰白質、赤核、大脳皮質などから入力を受ける。

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