12月には妖怪がいる。

11月30日(金)

クリスマスソングで組まれた有線が、歌詞まではっきりと聞き取れる音量で流れる金曜日の居酒屋。

新たな客が入ってくるたびに吹き込む外気は、欲しいところにちょうど届かない孫の手を想起させ、酔いを覚ますのには足りないもどかしさがあった。
18歳の準夜勤。オーナーが組んだ、年代のよくわかるクリスマスj-popが流れるコンビニを思い出した僕はタイミングよく相槌を打つだけのマシーンに成り下がっていた。

適温を失ったもつ鍋と、脂が浮いた取り皿に目を落とすも、場を盛り上げるためのカンペは提示されず、やはりタイミングを逃さず相槌を打つだけのマシーンになっていた。

飛び交う職場の話と、暴かれる一夜限りの秘め事は乾いた笑いを誘い、うなずく参加者の背中には、後ろ指が刺さっている。誰もがこの場の主役になりたい。あわよくば壁に寄りかかるあの娘のとなりにいたい。一人暮らしの1Kに春を呼び込みたい。乾燥した店内に漂う見え透いた欲求を恋人のサンタクロースは回収に勤しんでいる。

久しぶりに集まる。という免罪符は、人をこいに落とす。成功に片足を突っ込んだ人間だけに参加証をさずける同窓会という名の妖怪は、金曜日の新橋を支配していた。

唯一自分を肯定してくれるタバコの吸い殻は山となり、今の状況は登山者が感じるそれだと教えてくれる。そこに同窓会があったから。適当な理由を見繕い参加証を受け取っただけの僕に登りきって見える景色など、たかが知れている。

押し殺した帰りたい。と、どうでもいい。は合コンを嗜んでいた男女の前では、かわのよろいほどの防御力すら持たない。今日はnoteを書こう。季節感をなくした僕に師走の訪れを知らせるこの場は、そう思わせるのに十分なせわしなさがあった。

飲み会が好きとのたまう人間は2種類に分けられる。その場が好きなだけの人間に、スローガン・酒の味がわかります。を掲げた脱大学生の20代は上位の立場を誇ってやまない。耳まで赤く染め上司の受け売りを語るあいつに、閻魔大王は舌を抜くぞ。と言い出せずにいる。
好きなものを好きなだけ楽しめればいい。女子力という合いの手が場を盛り上げる話題になってしまう妖怪の体内で、そんなことは言い出せない。

僕は同窓会が好きになれない。あのときはああだったと思い出したやつ勝ちのこの場では、トーク力も、司会の技量も、幹事の忙しさも意味を持たない。記憶力に自信のある僕は、いや、それ違ってると指摘できずに次の回想を待ってしまう。非が僕にあることは間違いない。だが、パワーがすべてのこの場において、気の利いた合いの手を誰が評価してくれよう。

電話しかり、飲み会しかり、自分の時間を無駄にするなにかを避け、好きなことで生きようというパワー系ビジネスマンがブームのこのご時世、わざわざ参加する僕は無駄なことをしている人間の筆頭なのかもしれない。
しかしながら、誰がこの場を無駄といえよう。誰もが背中に後ろ指を刺したまま、口の周りにビールの泡と、ドレッシングの油と、粉化した苦渋を浮かび上がらせ、月曜日から目を背けているこの場を誰が無駄と言えようか。

きっと誰も言えないのだ。妖怪の体内では、自己啓発書の一文も、いいねをつけたSNSの金言も、疲弊した心を癒す美辞麗句も、皆ただのモツに過ぎない。時間が経ったら水道水で流されてしまう脂でしかないのだ。

昔話も、働き方への一石も、皆等しく不要なら、せめてこの場を盛り上げる臓器の働きになって欲しい。行間と文脈を失ったこの場所では笑顔の共有だけが、適切な消化を生み出せる。居場所のなかった春を強引に求めるだけの飲み会には、持ち帰れるものがなにもない。

同窓会や忘年会。12月には妖怪がいる。誰もかれもが無意味だと嘆くそれに、買い急ぐ破魔矢は意味をなさない。
どうしようもないこの場をどうにか楽しむ術が、社会の荒波に揉まれているよ、と笑う彼らの中にあるのなら、どうかその荒波の乗りこなし方を体現してほしい。

金曜日の新橋。溺れた人間と難破船以外、この街には存在しない。

#エッセイ #同窓会 #note #日記


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