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ムシカ

「いいか、見た目で判断するなよ」
 夕飯時、酒で赤くなった顔でお父さんは僕に言う。
 僕は「何の話だよ」なんて思いながら鶏の肉を齧る。おばさん秘伝のスパイスがたっぷり塗られていてとてもおいしい。
 今日はたまたま近所のアニタおばさんが鶏のスパイス焼きを分けてくれてありがたかった。いつもは配給のマナだけだから。
 「まだ飲みたい」と愚痴るお父さんの相手もそこそこに、次の日に備え眠りにつく。

 僕が小さい時、マナが枯渇して世界が危なくなったことがあったらしい。大きな地震が起きたり、嵐が起きたり、食べ物が足りなくなったり。お母さんはその時起きた地震のどさくさで行方不明になったそうだ。お父さんは「あいつがいなくなって寂しいから酒がやめられないんだ」っていつも僕に愚痴る。
 お父さんがそんな調子なので、我が家は僕が神殿作りの仕事をしてなんとか生活している。

 ある日のこと、いつものように神殿の建設現場で作業をしていたら「ドーン!!」という大きな音がした。振り返ると資材が崩れていた。「お母さんはきっと建物の下敷きになって死んだんだ」とお父さんがいつか言っていた言葉が蘇って血の気が引く。
 ところが、奇跡的に誰も怪我をせずに済んだらしい。アニタおばさんたちが何かを見送りながら頭を下げている。
「・・・・・ネズミ?」その先を見ると砂煙を上げて小さいネズミが神殿の方向に走って行くのが見えた。


 今日は仕事が急に休みになった。コロシアムでハヌマーンが何やら見世物を開くと言うのでお父さんと行ってみた。
 大きなハヌマーン像が中心にあるコロシアム。僕たちの席はちょうどハヌマーン像の正面だ。
 見世物というのはハヌマーンがネズミ退治するという物らしい。ハヌマーンが逃げるネズミに攻撃を加え追い詰めていく。あんな小さなネズミをいじめるなんて趣味が悪いなあ。

 ネズミは攻撃を素早くかわし続ける。でも、段々追い詰められてハヌマーン像の足元で止まってしまった。ハヌマーンはニヤリと笑うと渾身の攻撃を放つ。強力な攻撃を受けたハヌマーン像は足元から音を立てて崩れた。
 ハヌマーン像が崩れる先には大勢の人がいる。このままでは危ない!
 観客の悲鳴がコロシアムに響き渡る。僕の視界は真っ暗になった。お父さんが僕を抱きしめ、倒れてくる像から守ろうとしてくれたからだ。

 もう駄目だと思っていたが、ハヌマーン像が地面に落ちてこない。
「何してんねん!!早く逃げろや!!!」
 ネズミが皆に大きな声で言う。
 お父さんの脇の下から顔を出すとネズミがハヌマーン像を支えているのが見えた。僕とお父さんはその間に下敷きになる場所から逃げることができた。
「ムシカ!!!ムシカ!!!」
 周りの歓声からネズミの名前が「ムシカ」であることを知った。どうやらあのネズミは神様の乗り物らしい。あんなに小さいのに力持ちで優しくて凄いな。

「ほらな、見た目で判断するのは良くないんだぞ」
 熱狂の輪から少し離れた所から、皆に囲まれるムシカを見ながらお父さんは僕に言った。
「そうだね」「おい、もう離れても大丈夫だぞ」
 僕たちはどさくさで身を寄せ合いながら避難し、その後も抱き合ったままなことを思い出す。僕はなんだか急に恥ずかしくなりお父さんから離れた。
 お父さんは少し寂しそうな顔をしてから僕をまじまじと見る。
「・・・・・俺も明日から酒控えて仕事するか」
「なんだよ、急に」
「まだ体の大きさで追い抜かれたくないからな、父親として」
「体の大きさって・・・・・・。見た目で判断しちゃダメだよ」
 お父さんは「こりゃ一本取られた」と言いながら泣いてるのか笑ってるのかわからない顔をする。
 ムシカと呼ばれたネズミ(神様?)も助けた側なのに顔をクシャクシャにして泣きながら皆にお礼を言っていた。

 あれ以来、2人で仕事に行くようになったのでもらえるマナが2倍になって少し生活が楽になった。


 神殿に向かって走っているネズミがふと立ち止まる。
「ん?霊力増えた?・・・・・あかん、遅れるとガネーシャにどやされる!」
 ムシカは額が少し光ったことを不思議に思ったが主に怒られるのを恐れてまた走り出した。

 
 

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