ウマ娘コラボをやる意義はあるのか?~地方競馬の現状の考察とともに考えてみた~



1.はじめに

 4月29日、恒例となっている笠松競馬場でのウマ娘コラボが開催された。開門前には入場門から長良川の土手まで伸びるほどの行列ができ、10時開門予定のところを1時間早めて9時開門に、そして最終的には8,290人を集客する大盛況となった。2005年にオグリキャップ(実馬)が来場した時でも7,900人前後だったので、この数字は驚異的と言えるだろう。
 レース映像を見ていただければ分かると思うが、C級の競走にも大歓声が飛んでいた。集客だけ考えれば大成功と言って間違いない。

こんなにお客さんで埋め尽くされている笠松競馬見たことないですね…

 しかし、この日の売上高は7億6200万円程度で、重賞(飛山濃水杯)があったことも踏まえるとまあまあ売れた方とも考えられるが、同じ開催で重賞もなく場内の来場人員が1,176人だった26日も5億8900万円ほど売り上げており、このコラボ企画が競馬の根本となる馬券の売り上げに貢献したかと言われるとはっきり言ってNOである。
 X上の地方競馬ファンからはこのような意見が飛んだ。

笠松8000人で7.5億とかほぼ馬券の売上に繋がってねぇ

経費分考えたらむしろ笠松競馬場としては赤字垂れ流してるに近い。ファンサデーとして割り切ればそれでいいが、だったら別に非開催の時に存分にやればいい。

何の為にわざわざ「開催中」にやってるか理解されてない(買えない年齢は仕方ないが)

X上より

競馬場にとって一番大事なのは物販売上でも飲食店売上でもなく馬券売上なんだよなあ
いくら物販や飲食店が儲かろうが競馬場自体に金が入らないならやる意味ねえよ

X上より

 競馬で最も大事なことは”馬券売り上げ”というのはごもっともである。これは言うまでもない。ただ、今回のウマ娘コラボは”売上アップ”が目的だったのだろうか。
 興味深いことに同じ日にPIST6がヒカルや宮迫博之ら”胡散臭い人たち”とコラボを行っていた。これと比較しながら、ウマ娘コラボはやって正解だったのかどうか、そして大きく話が飛躍してしまうかもしれないが、今後の地方競馬のあり方についても自分なりに考察していきたいと思う。

2.ウマ娘コラボとPIST6のコラボを比較

 まず笠松競馬で行われていたウマ娘コラボについて考察していこうと思う。ざっと行われていたことをまとめると以下のようになる。

  • ウマ娘 POP UP STORE in 笠松競馬場

  • 場内の売店で”500円以上”購入のお客様にポストカードのプレゼント

  • 先着4000名様にオリジナルのうちわプレゼント

  • 最終レース終了後に高柳知葉さん(オグリキャップ役)と夏吉ゆうこさん(シュヴァルグラン役)によるトークショー

  • 夏吉ゆうこさんによる本馬場入場アナウンス

  • 本馬場入場曲がウマ娘楽曲(U.M.A NEW WORLD)

 それ以外にもいろいろな施策が打たれたが、この中に馬券購入という文言が一つもないことに目が行くだろう。場内では初心者セミナーが開かれるなど、初めて馬券を買うという人にも優しくしようという気概は見られたが、どうやら主眼はそっちじゃないように思える。
 個人的に目が行ったポイントはポストカードのプレゼントの部分である。同じ500円なら”馬券”でもいいと思うが、敢えて”場内の売店”としたところがポイントである。場内の売店といってもこの日だけ限定で開かれているPOP UP STOREから飲食店、そして競馬新聞の販売所まで幅広い。「グッズを買いたい」、「競馬場グルメを堪能したい」、「レースに触れてみたい」というそれぞれの層のニーズに応えられているのではないだろうか。
 これらを踏まえると、ウマ娘コラボは”売上アップ”が主な目的ではなく、”競馬場への集客””集客したお客さんに競馬場(または競馬そのもの)を楽しんでいただくこと”が目的だったのではないかと考えられる。そう考えると、「売り上げが上がってないからコラボは失敗している!!」という意見はここでは的外れではないだろうか。
 一方で同じ日に開催されたPIST6のコラボで行われていたことをまとめていくと以下のようになる。

  • PIST6公式投票サービス新規入会キャンペーン(投票に使えるポイントを最大で2000ptプレゼント)

  • 10,000円分以上の車券を購入された方の中から、抽選で5名様にヒカルが運営するブランドの美容品セットをプレゼント

  • ヒカルのYoutubeにて1Rから12Rまで賭け続ける生配信を実施

 ざっくりまとめるとこんなもんだと思う。どれを見ても”車券購入”につながる施策になっているように思われる。
 特に3つ目、楽しそうにお金を賭けている姿を発信力のあるチャンネルで垂れ流しにすることによって、「自分もやってみたい」となった初心者がお試しでPIST6というギャンブルにお金を投じていくのが容易に想像できる。
 結果として昨年度の1日平均売上が1400万円程度だったのと比べ、配信が行われた29日の売り上げは約5800万円といつもの4倍の売り上げを記録し、公式投票サービスは投票の集中によって一時鯖落ちするほどの賑わいを見せた。
 ウマ娘コラボと異なり、こちらは”売上アップ”を目的としているため、単純に売り上げが増えた減ったでコラボ成功か失敗かを判断していいだろう。
 このように2つのコラボを比較していくと、そもそもの目的が全く違うということが分かる。その違いはなぜ生まれたのか、公営競技の根幹を成す”投票券の売り上げ”といった面が関係しているのではないかと思う。

3.地方競馬(笠松競馬)とPIST6の売り上げの現状とそれに伴うコラボイベントの方向性の違い

 ここで笠松競馬とPIST6、それぞれの売り上げの現状を見ていきたい。
まず、笠松競馬の方を見ていこう。地方競馬全国協会がホームページ上に公開している開催成績によると、昨年度は96日間開催が行われ、総売上高は449億8152万500円と43年ぶりに過去最高の額を更新する結果となった。1日平均にすると4億7000万円弱も売り上げており、廃止が囁かれた2005年度の1日平均売上が1億円程度だったことを踏まえると、かなり持ち直してきている。それどころか、過去最高に潤っている。
 この背景にはインターネット販売の普及がある。2005年度は場外での売上そのものは全体の65%程度だったが、インターネット販売を含む電話投票の売上に占める割合はわずか5%だった。それが昨年度は場外での売上が全体の98.1%で、インターネット販売を含む電話投票の売上に占める割合は全体の90.7%を占めている。裏を返せば場内では売上全体の2%程度しか売れていないのである。
 一方でPIST6の方は車券をTIPSTARや先ほど紹介した公式投票サービスといったネット投票でしか購入できない。実際、前述の笠松競馬もネット投票が売上の大半なので、今の時代に合わせてネット投票に振り切る選択は間違っていない。しかし、ネット投票が主流になっている現状で1日平均で1400万円程度しか売れていないのである。公営競技の中でこの次に売上が悪い飯塚オートでも1日平均で1億3000万円程度売り上げている。知名度がないにしても明らかにおかしい。実際、主催者である千葉市は1日平均1億円の売上を見込んでいたわけで、現状は大赤字である。
 この売上の違いがコラボイベントの方向性にも影響を与えているように思える。どちらも知名度の向上を目指しているのは間違いないが、そもそも赤字で自転車操業となっているPIST6は”売上打開策”として、笠松競馬は”競馬場に足を運んでもらうきっかけ”としてイベントの方向性を定めていったように見受けられる。
 ここでこんな疑問が出てくるかもしれない。”なぜ集客しなければならないのか”と。

4.集客しなければいけない意義とは何か

 ではここで地方競馬の集客事情を簡単に見ていこう。昨年度の開催成績で1日平均の入場人員を書き連ねたものが以下になる。

  • 大井競馬場 4,536人(2005年度 9,421人)

  • 川崎競馬場 3,369人(2005年度 7,143人)

  • 佐賀競馬場 2,663人(2005年度 4,635人)

  • 浦和競馬場 2,362人(2005年度 5,246人)

  • 帯広競馬場 2,257人(2005年度 1,147人)

  • 名古屋競馬場 900人(2005年度 2,848人)

  • 笠松競馬場 798人(2005年度 2,006人)

 比較に使用したのは先ほど売上の比較にも使用した2005年度の開催成績である。観光資源としての価値を確立できた帯広競馬場を除いては、ほとんどの競馬場で入場人員が少なくとも半分近く減少している。インターネット発売の開始によって売上の問題は解決した一方で、集客面での課題はますます浮き彫りになってきている。
 なぜ競馬場は集客努力をしなければいけないのか。大きく分けて2つの観点から説明していきたい。

  • 新規顧客の開拓

  • 競馬場のサービス維持

 まず、”新規顧客の開拓”といったところが関係してくる。身近な話になってしまうが、競馬に興味を持った知り合いが何人かおり、その誰もが自分に「競馬場に行ってみたい!!」と声をかけてくる。
 競馬場は競馬に興味を持つ人間に「競馬とはどんなものなのか」を味わってもらう体験の場として機能していると私は考える。一度体験してもらい、「面白い」と感じてくれたならば、その後も顧客として定着してくれる可能性は高い。
 こういった新規顧客を取り込むことが競馬場が10年後、20年後も生き残っていくために肝心ではないだろうか。今は売上も高く、”廃止”の2文字とは無縁の状態だが、馬券を買ってくれている顧客は既に公営競技に深く親しんでいるヘビーユーザーばかりというのが現状である。ブームとなっている今のうちにライトユーザーを取り込んでおかなければ、いつかブームが去り、顧客が減ったときにまた困ることになる。
 将来的に太客になってくれる可能性があるライトユーザーを取り込むために、そして競馬場を未来に残していくために、たとえ今の売上に繋がらないとしても集客する必要があるのだ。
 もう1つ”競馬場のサービス維持”といった観点でも考えていきたい。実際、競馬場内には多くの飲食店やグッズショップが入っており、来場したお客さんがそれらを利用するわけだが、もちろん働いている人もいて、その売上で生計を立てている。
 来場するお客さんが減ってしまえば、こういったお店の売上ももちろん減少する。コロナ禍で無観客競馬となった際には売上が完全になくなってしまい、パンデミックが去る前に閉店を決意したところも少なくない。
 競馬場の中にある飲食店も体験の質に影響を与える。こういった事情を踏まえてもやはり集客努力は怠ってはいけないものだと考える。
 実際、こういった集客を無視し、インターネットでの投票券の売上に全振りする公営競技場も少なくない。
 無観客で行われているミッドナイト競輪(ないしはミッドナイトオート)は集客を考慮する必要が一切ないため、売上に全集中していても何も問題は無い。
 だが、少しでも集客しようとしている場合、そこに集まるお客を軽視してしまうのは愚策のように感じられる。その一例として2022年に弥富へ移転した名古屋競馬場を取り上げたい。この移転計画が持ち上がったのは、2016年度末、ちょうどインターネット発売が主流になった頃であった。来場者数も昔に比べて減っていたこと、そして公共交通機関では行きにくい立地も踏まえ、スタンドの席数を旧競馬場に比べて1/10程度とし、常設のレストランもたった1つとコンパクト化した。通常の開催日ならこれで問題なかったが、大レース開催日そして祝日開催日で問題が発生する。

2022年かきつばた記念当日、締切5分前に並んでも券売機が足りず、馬券が買えないレベルだったとか

 いくら客が来ないからと言って舐めてかかっていると、このように大勢のお客が押しかけた時にパンクしてしまう。最近のJRAにも言えることだが、観戦環境を良くすると銘打って座席を今までよりも広々としたものにしているが、結果として座席数が減少し、快適な環境から溢れた人が限られたスペースで苦しい思いをすることになっている。
 これでは競馬場での体験の質が下がってしまう。”大は小を兼ねる”ということわざに倣い、人が少ない時ではなく、多くのお客が訪れた時に備えて競馬場は作られるべきではないだろうか。言い換えると、集客できた時のことを念頭に置くのが競馬場というレジャー施設を運営する点において大切だと私は考える。はなから集客できないものとして考えるのは敗者の考えではなかろうか。

5.さいごに

 ここまであれこれと論じてきたが、結論としてウマ娘コラボは“体験の場としての競馬場”として、”レジャー施設としての競馬場”として、そして“多くの顧客を抱える場所”としてやって正解だと私個人としては考える。
 今の地方競馬はPIST6と違い、早急に売上を上げないといけないフェーズではない。それだけに目先の売上ばかりに囚われている地方競馬ファンには正直言って反吐が出る。どの競馬場も売上の課題は解決されたが、集客に関しての課題は未だ解決されないままだ。初めて来るお客さんに競馬場そのものの雰囲気を楽しんでもらい、また来たいと思ってもらう。そういった流れを作っていかなければ、競馬場に来てくれるお客さんの数は一向に増えていかない。実際、コラボイベントを開催することは競馬場に行ったことがないお客さんが初めて足を運ぶきっかけになるという点でこの課題を解決するのに効果を発揮する。
 とにかく”体験の場としての競馬場”を守り、次の世代へ受け継いでいくため、そして”体験を通じ、恒常的な顧客の増加”を図るため、私たち既存の競馬ファンはこういったコラボイベントに対して、そしてイベントを通じて競馬を初めて体験するお客さんに対して寛容であるべきではないだろうか。


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