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あんたらだけでも忘れんちょいてや

この題名にした言葉は『放射線を浴びたX年後』伊東英朗著(講談社)の中に出てくる言葉だ。

1954年3月1日のビキニ環礁での水爆実験による第五福竜丸の被曝事件は歴史に残る大事件だが、同じ時期この海域に1000艘もの漁船が操業していたこと、高知県だけでも200艘にものぼること、その事実に気づき、地方テレビ局の伊東英朗ディレクターがテレビ番組になるか確約もないままに取材していた時に、元漁師さんが発した言葉だ(P46)。もし番組にならなかったとしても、「あんたらだけでも忘れんちょいてや」ということなのだ。

2004年に始まった取材は困難を極める。時間が経ちすぎていたのだ。今さらなにを聞きに来たのだという対応もされながら、生存者を探す取材は続く。そんな中で「一度かかわった以上、止めるわけにはいかない」(P100)という決意を伊東ディレクターはする。

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その取材は、2012年に公開された映画「放射線を浴びたX年後」に結実する。その後、この映画を観た方が、自分のお父さんが若くして亡くなったのは、マグロ船での被曝が原因ではないか?と、さらに漁師たちのその後を訪ね歩く映画「放射線を浴びたX年後2」へと続く。

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余程のことでないとパンフレットを買わない私が、パンフレットを買い、そして本を手にした。伊東英朗監督の10年の取材を記した本が、冒頭に揚げた写真の本だ。

私は、この頃(2020年9月現在)のあまりの政治状況に、マスコミは何をしているのだ?とメディアに不満を向けそうになる。その時に伊東監督の顔が浮かぶ。伊東監督が居る限りメディアを悲観し叩くよなうことを言うのはやめよう。そして、私も自分が発信することで、小さいメディアであろう!と思うのだ。

伊東監督は、この問題に出会ってしまったことは運命だと思おうとする、そしてなぜ自分なのだと問う。「まったく神様は不思議なことをするもんだ。」(p2)とつぶやく。けれど、私にはわかる気がする。伊東監督がなぜ選ばれた人なのか?伊東監督でなければならなかった理由があると思うのだ。伊東監督は、真面目で誠実で、そして・・・・地味なのだ。

この世界的、歴史的大事件を、16年もの間取材し続けられたのは、伊東監督が地味だったからに他ならないと私は思う。この問題が一瞬で脚光を浴び人々の知るところになっていたとすれば、この事実を隠したい人たちによって、取材を妨害されたり、証拠を消されたかもしれない。けれど人知れず、だれに評価されることもなく(優れたドキュメント作品としての受賞はしているけれど)淡々と取材が続けられたその事実に、驚愕するばかりだ。

その後、NNNドキュメントで放送された「放射線を浴びた・クリスマスソング」という番組には、また度肝を抜かれた。クリスマス島での核実験でイギリス兵が被曝した事実を伝えるものだった。それは、放射線を浴びたのは、敵も味方もなくそこに居た人たちであったこと、そして被曝の事実は多くの人に隠され続けてきたこと、を教えてくれた。

伊東監督の孤独で地味な戦いは続く。

FBページに『FALLOUT?放射線を浴びたX年後』があり、伊藤監督が活動をアップしてくださっているので、どうか追ってほしい。『FALLOUT』とは、『放射性降下物』のことだという。『FALLOUT?(クエスチョン)』とは、『放射性降下物のことを知っていますか?』ということらしい。放射性降下物は、広く私たちの頭の上に降り注いだ。

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日本の政府機関である気象研究所のデータには、1957年からのデータがある。2011年を除いて、もっとも高い数値を記録した1963年に私は生まれた(大気圏内核実験は1962年を最後に地下実験に移行した)。それは、日本だけでなく、核兵器を作ったアメリカ合衆国の人々の頭の上にも降り注いだ。

放射線については、「気にするほどのことでない」との意見がよく聞かれるけれど、そうだろうか?伊東監督は、FBの対談の中で、「これがもし、サリンだったとしたら、大変な問題ですよね。どうして、放射線は問題にならないのか?おかしいと思います」と語っている。私も同感だ。最近の東京電力福島原発事故の汚染水を海洋放出しようとしている問題にしても、それを処理水(ストロンチウムなど処理しようのないものが含まれているのに)と呼び、薄めれば大丈夫という説明がなされる。もしも、海に青酸カリを流そうとしている人がいたら、許せるだろうか?薄めたら大丈夫だと思うだろうか?

放射線は、もっとも強い毒性を持つというのに。放射線は私たちの身体を貫きDNAを切ってしまうと言うのに。その切られたDNAを修復する時間もなく被曝することが、私たちの身体を壊していくことなのに。

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ここに、『FALLOUT?』缶バッチがある。伊藤監督自ら送ってくださったものだ。第三作となる映画「放射線を浴びた・FALLOUT?」の製作費用を捻出するためのクラウドファンディングが9月26日から始まる。いよいよ核兵器を作り保有するアメリカでの上映を目指して動き始めたのだ。それに先駆けて『FALLOUT?』缶バッチを100個作ったということだった。この缶バッチをきっかけに、放射性降下物について話しをするきっかけが生まれ、そして、いづれ核兵器のない世界に向けて歩き出す一歩なのだ。

その壮大な夢の一歩であるこの100個の缶バッチを伊東監督は、ひとつひとつ封筒に入れ、自ら宛名を書きメッセージを書き、送ってくださっている。

核兵器のない世界を作るのはこの地味な努力なのだ。出来れば私もこの地味な努力に肩を並べたいと思う。

そして、最後に思うのは、いよいよ核兵器のない世界の入り口に立った伊東監督は、これから危険なこともあると思うのだ。今まで、あまりに地味で見落とされていた活動にこれからは妨害もあるかもしれない。どうか、どうか、ひとりでも多くの人に見守ってほしい。多くの人の目に伊東監督が触れていることが、安全につながると思うから。

最後にもう一度言う。


あんただけでも忘れんちょいてや・・・




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