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『ビーナス、とかいっちゃいたい』

NovelJamの戦友ふくだりょうこさんの短編集『ビーナス、とかいっちゃいたい』が先月からリリースされています。以下レビュー。

人生は選択の連続である。しかし「選ばなかったもの」にスポットが当たる機会は少ない。選んできたものより「選ばなかったもの」「選ばれなかったもの」のほうが圧倒的に多いはずなのに。誰だって振り向けば、切り捨てられた選択肢の残骸が背後に山と積まれている。

『ビーナス、とかいっちゃいたい』の登場人物は皆、土壇場のセレクトセンスが壊滅的だ。結果、好きになった女友達は親友と付き合っているし(「アイムユアヒーロー?」)、思いを寄せる幼なじみには彼女ができて(「タリナイセカイ」)、彼女は堂々と合コンに行く(「ビーナス、とか言っちゃいたい」)。中年男は純愛についてくだを巻き(「平凡な僕には平凡な恋を。」)、不倫中だったりもする(「好きとか恋とか」)。

選ばれなかったものがフォーカスされる瞬間、それは往々にして「後悔」と呼ばれるものだ。しかし『ビーナス…』は少し毛色が違う。登場人物は皆、冒頭でうだつの上がらない過去に思いを巡らせるのだがそれは一瞬。かといって、彼ら彼女らが過去を乗り越えていくといった暑苦しいパワフルさや、清濁併せのむ大人の諦念を持ち合わせているかというとそうではない。

“違う、泣くとしたら嬉しくて泣くんだ。本当は憎んでる。(「好きとか恋とか」)”に代表されるように、そこにあるのは静かな肯定ただ一点。「共感」を過剰に要求される現代社会で、前編通して「受容」をテーマに綴った短編集だ。


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