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才能が開花する環境のつくり方

菊原志郎さんとの共著『サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質』(2019年11月30日刊)の「はじめに」と「目次」をアップします。
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はじめに

 サッカー好きなふつうの社会人が、かつて「天才」と呼ばれたサッカー人と知り合って、しかも「育成」を仕事にしているという共通点で意気投合し、1年間にわたってマンツーマンで話を聞けることになったとしたら──いったいどんな学びを得られることになるか、想像できるでしょうか。

 菊原志郎さんって、知っていますか?

 Jリーグがまだない頃、小学4年生から読売クラブの下部組織でプレーし、なんと15歳でプロ契約して、16歳で日本サッカーリーグ最年少デビュー。与那城ジョージ、小見幸隆、ラモス瑠偉、加藤久、松木安太郎、都並敏史、戸塚哲也、三浦知良、武田修宏といった日本代表クラスのチームメイトのなかでも突出した技術で、「天才」と称されたサッカープレイヤーです。20歳で日本代表にも選出されています。
 引退後は指導者の道へ。東京ヴェルディのコーチを経て、U-17日本代表コーチとして中島翔哉、南野拓実、植田直通、鈴木武蔵、中村航輔らを率いて、2011年のFIFA  U-17ワールドカップで、18年ぶりのベスト8入りを果たしました。
 近年では、中国スーパーリーグの広州富力というクラブから招聘されて、U-13のチームを1年半で全国優勝に導いています。

 つまり、「天才プレイヤー」で「名コーチ」なのです。

 筆者はたまたまのご縁で、その菊原志郎さんとJクラブの育成部門で一緒に仕事をすることになり、冒頭のように、1年間、ほぼ毎日マンツーマンで話を聞けるという幸運に恵まれました。
 志郎さんとの話題は、
「天才とは何か」
「自分はどう育ったのか」
「プロフェッショナルとは何か」
「伸びる人と伸びない人の違い」
「遊びと競技(仕事)の違い」
「いいチームとは何か」
「読売クラブ・ヴェルディが強かった理由(組織文化)」
「個を伸ばす指導者と個をつぶす指導者の違い」
「グローバル時代の人材育成」
 などなど、多岐にわたりました。
 仕事としてビジネスの現場で「個の育成」「組織の育成」をテーマに活動してきた筆者にとって、志郎さんの話してくれるエピソードの一つひとつが圧倒的でした。

 そんな志郎さんがあるとき、ため息まじりでこんなことをつぶやきました。
「プロになれないなら子どもにサッカーをやらせた意味はなかった、という保護者がいるのが悲しいんですよね」
 Jクラブの下部組織であるユースチームからは、毎年20人ほどのうち一人か二人しかトップチームに上がれません。もし、トップに上がれなかった選手が「サッカーをやった意味はなかった」と思いながらその後の人生を過ごすことになるのであれば、本人にとっても保護者にとっても残念すぎます。

志郎 子どもにサッカーをやらせる保護者は増えています。しかし、「試合に出られないならこのチームにいる意味はない」とか、「プロになれないなら子どもにサッカーをやらせた意味がなかった」という保護者が多いのも事実です。
 子どものほうも、サッカーをやめるときに、「何となくやってみたけど、うまくいかなくて終わっちゃった。向いてなかった」と思ってしまうとすれば、非常にもったいないですよね。
 保護者のみなさんには、子どもたちがサッカーを通して充実した時間を過ごして、幸せになって、「やっぱりサッカーをやらせてよかったな」と思ってほしいのです。
 僕は15歳でプロ選手になりましたが、40年以上ずっとサッカーと関わってきたなかで多くのことを学べて、それが人生にとても役立ったという実感があります。
 ですから、さまざまなスポーツや文化的な習い事があるなかで、保護者が子どものためを思って「せっかく一度きりしかない人生で、自分の子どもに何をやらせようか」と考えたとき、「やっぱりサッカーがいいね」とか「サッカーを通していろいろなことを感じたり、学んだりしてほしい」と思ってもらいたいのです。
 子ども本人にも「サッカーを通して喜びや楽しさ、難しさや悔しさも含めて、いろいろなことを学べて、いい仲間がたくさん増えたからやってよかった」と思ってもらいたい。
 プロ選手になれてもなれなくても、レギュラーであってもなくても、何より、サッカー から得られた学びを活かして、豊かで幸せな人生を送れるようになってほしい。
 そのために、「サッカーをやる意義」や「サッカーから学べること」について考えておくことが大事だと思っています。

                 *

 というわけで、筆者は志郎さんから「サッカーから得られる学びを通して幸せになるためのヒント」をたくさん教えてもらうことになりました。筆者があまりに興奮しながら話を聞いていたせいか、志郎さんも面白がってくれて、いつも「仲山さん、お茶いきましょうか」と誘ってくれるようになりました。

 そんな志郎さんから学んだことを独り占めするのはあまりにもったいないので、全力でおすそ分けしよう、というのがこの本の趣旨です。
 聞いた話をそのまま文字にするだけでも面白いのですが、注意点がありまして......。何かというと、志郎さんは、「すごいことを、さらっと言う」のです。たとえば、

「天才って、努力の天才なんですよね」
「夢中でやって、基本的な技術を身につけることが大事ですよね」
「仲間といい関係を築いた経験があれば、社会に出てから役立ちますよね」

 とか。なんとなく聞いているだけだと、「ほほー」「なるほど〜」と受け流してしまいそうな一言です。しかし、よくよく深掘りして聞いてみると、「そこまでハイレベルなことだったんですか!」と驚くような実践談がどんどん出てきます。
 ただ、その超絶エピソードを聞いたとしても、「志郎さんだからできるんでしょ」「読売クラブとかヴェルディだからできるんでしょ」「自分とは状況が違いすぎて参考にならない」と思ってしまうと、これまたもったいない。
 そこで、自称「個と組織の成長マニア」で「フレームワーク好き」の筆者が、志郎さんの話をふつうの人でも「自分ごと」として感じやすくなるよう、普遍化・抽象化したりビジネスに置き換えたりしながら翻訳を試みることになりました。

 申し遅れましたが、著者の仲山進也です。主にEコマース事業の経営者やネットショップの店長さんの成長を支援する仕事を20年以上やってきています。
 新たな商売を軌道に乗せるにはどうしたらよいか、安売り依存の消耗戦を抜け出すにはどうしたらよいか、中小企業が大企業に負けないためにはどうしたらよいか、社内のチームづくりはどうしたらよいか、人材育成はどうしたらよいか、といったことを店長さんたちと話し合いながら一緒に考える係です。

 筆者のまわりには、ゼロから立ち上げたネットショップが月商数億円に成長したような会社がたくさんあります。 20年にわたり数万店のネットショップを見てきた結果、いつのまにか「伸びる人と伸びない人の違い」もわかるようになりました。
 自分自身、入社したベンチャー企業が、20人から2万人になるというレアな経験をして、あらゆる「組織の成長痛」を実体験として得たことが貴重な財産になっています。
 その知見を体系化して、チームづくりに悩んでいる経営者やリーダーに提供する活動もしています。
 そうやって、たくさんの「成長する会社」「成長する個人」を見続けてきた筆者にとって、志郎さんの話は「学びが多すぎる」のです。どういうことかというと、筆者がビジネス向け講座で使っているフレームワーク(考え方の枠組み)にドンピシャであてはまるエピソード事例がいっぱいなのです。
 特に「個の育成」「組織の育成」を仕事にしている方にとっては、仕事の解像度が相当上がるはずです。サッカーとは直接関係のない世界にいる人でも、志郎さんの教えをビジ ネスに置き換えることができれば、ほぼ間違いなく仕事が楽しく、人生が豊かになります。

 さて、前置きはこのくらいにして、早速、「サッカーから得られる学びを通して幸せになるための旅」を始めましょう!

 ※見出しに【解説】と書いてある部分は筆書・仲山のパートです。

目次

はじめに
年表

第1章 天才の「育ち方」
「プロフェッショナル」になるための資質とは
天才ドリブラーを生み出した「空手の間合い」
うまくなるまでやると「やらされ感」がなくなる
【解説】夢中体質のつくり方(フロー理論)
サッカーの天才ではなく、努力の天才
「いいスルーパスが一番かっこいい」という共通の価値観
夢中になるには「どうやったら楽しめるのか」を自分で考える
夢中と必死の違いとは
【解説】夢中への道を阻む「燃え尽き症候群」のメカニズム

第2章 強いチームを育む組織文化
【解説】チームの成長ステージ
【解説】「グループ体質」な日本人
【解説】心理的安全性のつくり方
勝つために、思ったことはとことん言い合う文化
「あうん」で通じるプレーの秘訣は「試合後のシェーキーズ」
ヴェルディから読売クラブの良さが減っていった理由
よい価値観や美学を継承するには
大人も子どもも男女も混ざってプレーする文化
【解説】「チームの成長ステージ」へのあてはめ

第3章 組織の育成── 自走するチームのつくり方
U-15代表、最初はバラバラな「お山の大将」集団
みんなで映画の感想を話し合うことで「心理的安全性」が高まる
ブラジルは「世界基準を意識していない」
選手が夢中になりやすい難易度に設定する
理想は、監督がいなくても自分たちで動けるチーム
「自走するチーム」を育てる指導法
【解説】自走するチームをつくる「振り返り」の作法
【解説】判断の違いを探る(価値基準が違うのか、視点が違うのか)

第4章 個の育成①── 伸びる子と伸びない子の違い
小・中学校で全国優勝した選手は伸びにくい
上のレベルに行くほど弱いところを突かれる
選手が変わるのは、ケガをしたときと試合に出られないとき
伸びない人の習慣
早期に専門的にやりすぎると伸びない
「教えられ慣れ」しすぎると伸びない
学校の成績とサッカーは関係している
【解説】加減乗除の法則

第5章 個の育成②── 自走人の増やし方
やりたいことがわからない問題
駆け引きを「だます」「ずる賢い」と表現しないほうがよい
「ボールを回すサッカー」がうまくいかなくなるとき
遊びのなかの駆け引きによって知恵がつく
アピール(価値伝達)と評価 「チームへの貢献=自己犠牲」なのか
損得を考えて損しないようにすると、結局損する
自分の仕事の範囲はどこまでか
移籍(転職)の作法 ──「早く結果を出して認めさせよう」だとうまくいかない
相手チームを「敵」とは呼ばない
変化した選手の例──中島翔哉
変化した選手の例──植田直通
変化した選手の例──中村航輔、喜田拓也
【解説】お客さんを感動させられる人は、フェイントがうまい

第6章 「個を伸ばす指導者・保護者」と「個をつぶす指導者・保護者」の違い
ミスの評価
失点は三つか四つのミスが重なって起こる
ミスした子に感情をぶつける大人
「評価しない」という態度の大切さ
【解説】育成の本質は、より短い期間で変われるように支援すること

第7章 グローバル時代の育成
勝てなかったチームを1年半で全国優勝へ
アカデミーダイレクター(コーチのコーチ)を引き受ける
教えなさすぎるコーチもダメ
【解説】優しい漁師が新米漁師にしてやれるアシストとは何か

第8章 サッカーから学んだことを通して幸せになる
「どこでも誰とでも活躍できる人」を増やしたい
大人が真剣に遊ぶ姿を見せないと、子どもが育っていかない
幸せは自己評価 ──「何をしたらいいか?」と聞かれても 「わからない」と答える

あとがき 菊原志郎
あとがき 仲山進也

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