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鷹匠壽 予約への挑戦 6日目

鴨を探して500キロ。思えば遠くへ来たもんだ。
列車に揺られ、新潟駅についたのは0時を過ぎていた。
ついてすぐ、駅近のビジネスホテルに滑り込みチェックイン。泥のように眠る。
 
翌朝、スマホで鴨に関係する場所をリサーチ。
真鴨の養殖場があるらしいとの情報を得たので、すぐ電話してみることにした。
 
 
岩松:青首鴨(あおくびがも)ありますか?
 
福島カモ養殖場:今の時期はもうないよ。今から予約しても、1月ぐらいにならないと難しいねぇ。またその頃電話ください。 ガチャっ
 
 
ほう。想定内だ。こんなことで諦める岩松ではない。鷹匠寿の玄関で10分土下座し続けた男だ。
こういうときは、アポなんか取らずに、突撃訪問するのが一番だろう。
 
 
新潟駅から、福島カモ養殖場方面行きの電車は、1時間に1本しかない。
正味2時間ほどかけて、越後赤塚駅に到着した。
景色は、360度田んぼ。見渡す限り人が誰もいない。しかも、ここから灼熱の太陽の下を、かなりの距離を歩かなければたどり着けない場所にある。


そしてひたすら、歩くこと1時間。畑の真ん中にある『福島カモ養殖場』に到着した。
 
しかし! 扉が閉まっている。周辺をうろうろしていると、張り紙を見つけた。
 
 
「今、カモのところにいるので090-XXXX-XXXXに電話してください。すぐに行きます」
 
 
張り紙を見て、すぐにその番号へ電話をしてみた。
 
 
岩松:今、福島カモ養殖場の前にいるんですけど、電話してくれと書いているので電話しました。今日はお休みですか?
 
 
おやじさん:今、新潟市内にいるから、これからそっちに行くから1時間待ってくれ。
 
 
真鴨がいるのか、在庫があるのかわからないまま、とりあえず岩松は、指定された1時間程、言われた通りに待つことにした。
 
 
 
〜1時間後〜
 
 
 
電話に出たおやじさんらしき人が帰ってきた。
 
おやじさん:私、福島と言います。あなた電話の人? あれ? 車はどこに停めたの?
 
岩松:歩いてきました。
 
福島さん:え??歩き?本当に?どこから来たの?
 
岩松:東京から来まして、駅からは1時間田んぼの中を歩いて来ました。
 
福島さん:まぁ、それは大変だったねぇ。さぁ、どうぞどうぞ中に入って、コーヒーでも飲んでくれ。


おかぁさ〜〜ん、この人東京から来たんだってよ〜。冷たいコーヒーでも入れてあげて〜。
 
 
そのまま福島さんは、灼熱の太陽で今にも溶けそうな岩松を自宅に招き入れてくれた。
 
そして、岩松はこれまでの、鴨に関するいきさつを説明し、どうしても真鴨がほしいと訴えた。
 
 
福島さん:ごめんねぇ。せっかく来てくれて非常に申し訳ないんだけど、鴨はないんですよ。だから、今日は持って帰れないよ。
今は、時期じゃなくてね。だから、生きている鴨をさばく事もできない。予約してもらったら1月には届けることはできると思うよ。
 
 
福島さんの奥さんがコーヒーを持ってきてくれた。
そして、奥さんが岩松に向かって、天使のような言葉をかけてくれたのであった。
 
 
奥さん:真鴨食べたことないんでしょ? これから作ってあげようか?
 
福島さん:う〜〜〜〜ん。少しだけだぞ。
 
 
最高に優しい奥さんだ。こういうドラマチックな展開をもとめて、わざわざ浅草から500キロの距離を移動して来たのである。
福島さんは、少し困り顔で、渋るような声だったが、奇跡的に奥さんが鴨料理をふるまってくれることになった。
 
 
奥さんが料理してくれている間、福島さんは、鴨についての詳しい説明をしてくれた。
 
 
真鴨の肉が好きすぎて、真鴨の養殖場を始めたこと。35年試行錯誤しながら、この養殖場を作り上げたこと。
合鴨の養殖場はたくさんあっても、真鴨の養殖場は 珍しいという事。鴨の生態。真鴨の管理の方法は難しいが、基準値をはるかに超える衛生環境の良さが逆に怪しまれた事。
東京の数々のミシュラン星付店に鴨を提供していて、すきやばし次郎の小野二郎さんとも親交があるとのこと。
どっちの料理ショーからの出演オファーを10回ほど断り、最後にはスタッフが自宅に来たが、追い返したという武勇伝。
天然物の真鴨と、養殖の真鴨の味の違いや、真鴨を偽り、店で提供してる業者が多数あることなど。
 
鴨初心者の岩松に、真鴨についてのことを熱心に説明してくれた。
 
すると丁度良いタイミングで、奥さんが鴨料理を持ってきてくれた。
見た瞬間に、涙がでそうだった。
 
食べる前から、すでに美味しい。
つい、食べる前から、美味しいですと口走ってしまった。
 
口に鴨肉を頬張ると、それはそれは本当に美味しかった。
臭みがなく濃厚。上品かつ舌に残る旨味。脂の繊細さ。
 
 
岩松は、鴨肉を噛み締めながら、この旅を振り返り、自然と目を閉じた。
そこには2日前の鷹匠寿の若旦那に罵られながら 土下座をしている自分の姿が目に浮かんだ。
 
気づくと岩松の目からは、涙以上のものが溢れ出ていた。
 
 
 
すると、それを見ていた奥さんが、私にそっと話しかけてくれた。
 
奥さん:なぜそんなに鴨が欲しいの?
 
 
これまでの6日間の出来事を奥さんにもすべて話した。
 
 
奥さん:そう。大変だったわねぇ。うちの家で食べるために取っておいた鴨なら、少しあるわよ。
 
 
ついに天使のささやきが、聞こえてしまった。どこを探しても無いと言われた真鴨の肉が、ここにある。
 
 
福島さん:うちの真鴨は、私達も滅多に食べられないんだよ。
せっかく東京からわざわざ来てくれたんだもんな。今季、最後の我が家の鴨を君に譲るよ。
ついでに、卵も持って行きなよ。
 
 
ついに岩松には、完全に真鴨の天使が舞い降りた。
 
 
それから福島さんには、真鴨の焼き方、味付けの方法などを丁寧に教えてもらった。
さらに、真鴨の養殖場の中まで見学させてもらい、車で駅まで送ってくれた。

 
駅まで送ってもらう車の中で、福島さんはこう話した。
 
福島さん:あの家にあった鴨はね。本当に特別なんだよ。あれを君に譲ったから、私達ももう鴨は11月までは食べることができない。
大事に食べるんだよ。食べた後に、電話でもいいから感想を聞かせてね。
 
 
福島さんは、仏のような笑顔で微笑んだ。
最後に硬い握手をして岩松を見送ってくれた。なんという男前。

 
今、帰りの列車で、福島さんからもらった、最高の鴨肉のにぎりめしを頬張りながらこの文章を書いている。
 
この旅で学んだことがある。
 
それは美味しいものを食べるには、手間を惜しむなということだ。
鷹匠寿での土下座、そして肉のとりせん、新潟の福島カモ養殖場、すべてが岩松にもたらす美味さに通じていると感じた。
 
今日もバイトリーダーである、すき家を休んでしまいました。
 
7日目に続く。

 

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