各都道府県別進学校事情(愛知県編)

先日の記事では関東を述べる予定であったが、関東、特に東京都は人口が多く、学校事情を分析するのは時間がかかることもあり、ひとまず、愛知県の進学校事情を述べる。

愛知県は首都圏などと比べて中学受験率が低く、名古屋市の一部や医師の家庭など特定の層を除けば中学受験はしない場合が多く、そのため、中学受験で生徒を集める私立上位校は限られている。

実際、2021年の名古屋大学の合格者のうち、名古屋大学合格実績が10名以上の学校を考えることにした場合、愛知県にあるそれらの学校から名古屋大学に合格した全体の人数が1012名、そのうち、公立高校(愛知県にある公立高校でいわゆる中学受験で受験して入学する中高一貫の学校はない)からの合格者は832名。実に80%以上の生徒が普通の公立高校から入学しており、これは全国的に公立高校が優位であった1960年代とも変わらない数字である。

愛知県の公立高校入試ではいまだに強固な学区制度が存在しているため、「調整区域」と呼ばれる、特例で学区外の学校を受験できる例外を除けば、東側の三河学区と西側の尾張学区は普通科の受験において完全に独立した環境にある。三河学区と尾張学区は、面積的には三河の方が尾張の倍あるが、人口は尾張が三河の倍である。

特に愛知県尾張地域の北半分はそのような交通事情に優れた人口密集地域であり、全国的な標準からすれば進学校天国である。一方の三河は拠点となる都市と周辺部の格差も大きく、また、拠点間の距離も大きいため、尾張地区と比べてそれらの拠点同士が独立している。結果、三河進学校事情はわかりやすい。

三河の進学校事情

三河地区は豊田市、豊橋市、岡崎市が人口密集地帯であり、また、尾張地区から連続的に続いている名古屋市郊外部が知立市、刈谷市を超えて、安城市付近まで達している。三河地区の進学校と言える学校は、2000年台に入って財界が出資して作った、全寮制で学費が異様に高くておおよそ庶民には手が届かない海陽学園という超例外を除けば、全て公立校である。

三河は人口が集中している小規模な都市が地域内に分散して存在していて、互いの間の距離がある程度離れているため、尾張地域ほど卓越した進学校ができない代わりに、それぞれの地域の成績上位者をしっかりと集めることで実績をあげている上位進学校が成立している。すなわち、青森県のような状況である程度分散していて、トップ校が3校あって、それを補完する学校がさらに数校ある状況だ。

ただ、上位進学校3校のうち、東大や京大の進学実績について言えば集約がある。その意味では三河地区トップ校は岡崎高校一つと言ってもそれはそれとして正しい。もともと徳川氏が三河時代に本拠にしていた岡崎城のある岡崎という土地であって、三河の中心的な場所ではあるが、岡崎高校の地位が現在の地位に固まったのは90年代以降であり、それ以前、特に70年代以前に高い地位にあったのはむしろ豊橋の時習館高校である。これに、名古屋からの郊外が連なっている刈谷市の刈谷高校は三河地区の進学校のトップ3である。

岡崎高校は90年代から00年代にかけて、尾張地区のトップの旭丘や東海の東大合格者数よりも多くの東大合格実績を挙げており、さらにはその時期全国的に公立高校が弱かったことも重なり、「全国の公立高校で東大合格者数日本一」という時期もあった。もっとも、尾張地区に比べて関東志向が強いことなども背景にあっての実績であるため、京大合格実績や医学部合格実績はやや劣るが、旭丘と東海と並んで県内3強とも言える。2021年の実績では、東大31名、京大26名、国公立医学部医学科24名。重複を除いて80名と、定員400名のうち20%を占める。名古屋大学も67名が合格しており、おそらく上位1/3はほぼ間違いなく東大京大および国公立医学部を自然に受けることができるだろう。三河地区の中では多いものの、尾張地区の旭丘に比べれば学力面で余裕があっても堅実に「名大」を選ぶ風潮があるように見える。

トップ3校の他の2校の刈谷は東大は1名だが、京大が14名、国公立医学部が13名で、ここまでで28名。定員400名に対して7%しかいないが、名古屋大学は例年合格者数最多争いを繰り広げており、2021年も83名でトップである。名古屋大学至高が強い意味で「バッファーがある」ようにも見える一方、学力面よりは、人数的な多数派の兼ね合いで「自然に」東大、京大、医学部を受けるのは上位10〜15%までといったところになるような気がする。

もう一つの時習館は東三河地域にあるが、名古屋から70km程度離れており、東京からの距離も300kmを下回る。そんなこともあり、愛知県の中では独立色が強い。東大5名、京大14名、国公立医学部医学科12名で、重複を除いて31名。定員320名に対してだいたい10%である。しかしながら、岡崎や刈谷と違って名古屋大学は33名しかおらず、静岡大学が27名もおり、他校との比較が難しいと言わざるを得ない。ただ、10%という数字を素直に考え、それに代わるような志望先と言いうる東工大や一橋、地元としての名古屋大もさほど多くないことを考えると東大京大医学部あたりを自然に志望できるのはせいぜい上位15%程度までなのではないだろうか。そして、学力帯に幅があるようにも映る。

これらの3校は三河地区で東大や京大、医学部に一定の実績を持てる最上位校だが、これらを補完する学校としては、豊田西西尾岡崎北刈谷北豊橋東の5校がある。

豊田西は豊田市内の進学校としては最有力で、2021年は東大2名、京大4名(国公立医学部は不明ながら5名未満と予想される)と、最上位の大学にも合格者がおり、名古屋大学も54名と、定員360名に対して15%程度の名古屋大学合格者がいる。西尾以下は東大や京大は少ないが、それぞれ名古屋大学に西尾24名、岡崎北18名、刈谷北13名、豊橋東9名である。西尾は岡崎や刈谷に比べると実績は低いが、三河ではやや独立性があってトップ校のある岡崎市内の2番手校の岡崎北よりも実績が高い。

東北地方と同程度に考えるのであれば、「地方国立大のどこかならある程度まとまって合格可能性がある」、という程度の水準まで考えるべきで、そうなると愛知県の場合まだある。愛知教育大2桁合格を基準にして考えてみると、安城東岡崎西国府(豊川市)、知立東豊田北豊田南豊橋南豊丘(豊橋市)という8校が追加される。人口密度の高い市町村では3ないし4校目まで現れているが、このあたりになると上位国立大への合格実績が非常に少ないものの、一定の水準の大学への合格実績を持つ「中堅」が含まれてくる。

実際、豊橋南は旧帝大1名、筑波1名と上位大学はほぼ皆無ながら愛知教育大学11名、静岡大9名といった具合である。

尾張地区の進学校事情

尾張地区は南側の知多地域、北西側の一宮を中心とした地域など、一定の独立性を持った地域が名古屋市域と一定の相互的な影響をし合っている特徴があり、また東側の三河地区との境界では、「調整区域」という名の下、三河地区の学校とも影響しあう状況にある。

尾張学区の最上位の進学校は公立では旭丘、私立では東海(男子校)と南山の女子部である。これらの学校は地元の名古屋大学よりも、東大、京大、国公立医学部を志望する生徒が多い。つべこべ言わずに実績を並べると2021年実績で旭丘は普通科定員320名のところ、東大31名、京大39名、国公立医学部医学科55名、重複除いて125名で、ほぼ4割がこれらの学校に合格しているということになる。名古屋大学合格者数54名と愛知県の学校としてはやや少ないあたりからもある程度見えるが、真ん中よりも成績が悪い生徒でも、東大や京大、医学部を志望してしまい、名古屋大学に合格実績が回らなくなり始めている。もっとも、中にいた人間の感覚としては、一橋や東工大、阪大、名古屋大といった大学に適した成績の生徒が東大なり医学部なりをやや無理して受験しているようにも見えるため、少し盛った数字になっている印象は否めないが、志望している生徒の割合という意味では半分という数字は全く盛っていない。

東海の場合、東大31名、京大31名、国公立医学部93名で、重複を除いて150名で定員420名に対して36%ということで、こちらも現実的に成績上位半分は概ねこれらの大学を志望していると見られる。南山は東大4名、京大6名ながら、東大理科三類に2名、京大医学部に1名の実績をあげており、国公立医学部全体で49名、重複を除いて56名という実績である。総数では劣るものの、女子校としては名古屋市内最難関高校と広く認識されている。

対比するべき、質実剛健で浪人率も低く、名古屋大学を中心とした地元の国公立という安全牌を選ぶ生徒が多いのが、名古屋市内の場合明和高校向陽高校といった学校になる。特に近年の実績では名古屋市内でみると向陽高校がその傾向が顕著(ただし、それでも郊外校よりは緩やか)である。これらの高校は入試難易度や数字的に目立つ実績としての東大や京大への進学者などは先述の学校ほどでないため「一枚格下」という扱いを受けがちではあるが、同等レベルの学校は尾張地区では名古屋市東部の他には一宮高校しかないことや、上位大学への進学が現実的な生徒でも安全牌を選んでいる傾向もあると見られるため、単純に一枚格下とみなすのは適切ではない。

実績を見てみよう。明和高校は普通科定員320名に対して、東大10名、京大25名、国公立医学部8名で重複を除いて43名である。名古屋大学に61名合格しており、バッファーがあるという点を考えれば、上位1/4程度までは自然に東大京大医学部を志望できそうである。向陽高校の場合には360名定員で東大3名京大6名、国公立医学部13名で重複除いて22名、名古屋大学合格者が74名である。刈谷高校と似た状況であり、明和高校でもある程度あると推測されるが、それ以上に、学力よりも周りの雰囲気で「挑戦」しなさそうになるのが、15%くらいになりそうである。

名古屋市の外でこれと同格なのは公立では一宮高校のみである。普通科定員320名に対して東大7名、京大18名、国公立医学部9名と重複除いて34名と1割程度であるが、名古屋大学に77名の合格実績をあげており、上位層の厚みは向陽高校以上である。しかし、数字を素直に考えれば、自然に受験できそうなのは、やはり上位2割くらいには入っておきたいところのように見える。ここまでの学校は上位国公立大学への進学実績が卓越しており、成績が高校内で真ん中くらいの標準的な生徒でも旧帝大と言われるような伝統的上位大学への進学を希望するのが普通の高校である。

一方の私立も滝高校のみである。滝高校は名鉄名古屋駅から犬山線で北へ向かった江南市にある学校で、岐阜県境にもほど近い立地である。定員350名に対して、東大は5名、京大は10名ながら、国公立医学部は39名で、重複を除いて54名と、15%を超えてくる。名古屋大学の合格者数が39名と比較的少ない点を考慮すると地元志向の学生が少なくバッファーは少なめなのだろうが、上位2割程度は自然に東大、京大、医学部のいずれかを狙っていけるだろう。

これらに次ぐ地位の高校は、名古屋市内では公立で菊里高校瑞陵高校千種高校で、私立では男子の名古屋中高と女子の愛知淑徳中高である。このレベルでは東大京大医学部はかなり少数となってくるため、どんなに多く見積もっても上位1割以外はあまり自然に受験するとは思えない。そこで名古屋大学を中心に記述するが、菊里が45名、瑞陵が28名、千種が25名、名古屋中高18名、愛知淑徳11名だ。校舎二つの私立校は実績がやや下がるように見えるが、医学部志向が強い。公立では菊里でさえ6名の中で、名古屋中高12名、愛知淑徳6名である。そのため、私立はやや少なくても「同格」としておくことにする。いずれにせよ、概ね300名程度の定員と考えて1割程度であることから、学校にもよるが名古屋大学を自然に志望するには、上位1〜3割程度の成績にはやはり入っておきたいところだろう。

一方の名古屋市外であるが、このポジションは公立校に集中する。一宮西(36名)、半田(32名)、西春(26名)、五条(22名)までは名古屋大学に20名以上が合格する。半田は知多半島部という、名古屋から遠い上にやや人口および人口密度が低い地域にあるため、入試難易度の割には上位層も多い特殊な学校である。東大1名、京大8名、医学部6名で重複除いて15名と定員320名の中で5%ほどではあるが、コンスタントに上位層も輩出しており、尾張の範囲では時習館に近いポジションとも言える。一宮西は、一宮市周辺部で先述の一宮の2番手のポジションである。京大は少数ながら毎年に近い頻度で合格実績を持つが、基本的に名古屋大学以下の合格実績を上げる。

西春と五条は独立した地域にあるという見方も可能だが、名古屋と一宮に挟まれて、それらの生徒の受け入れとの兼ね合いもある学校でもある。すなわち、複合選抜制で、名古屋の明和高校と一宮の一宮高校の両者に対して滑り止めとして選択可能な学校であり、郊外でもいいという名古屋市民や一宮市民の生徒にとっては選択肢となっているし、地元でも一定の学力を持つ層には「地元にある進学校」として選択肢になっている。

もう少しレベル帯を下げた学校を見ても、公立が卓越する。名古屋大学の合格者数で見た時に公立で15名の名東、13名の春日井、12名の江南、10名の旭野横須賀、9名の桜台、および、私立で11名の中部大春日丘、8名の愛知は地元ではそこそこ評価されている進学校といっていいだろう。これらの学校のうち、公立の名東、桜台と私立の愛知は名古屋市内だが、他は名古屋市外である。

春日井および春日丘は名古屋市の北東部に接する春日井市にある。人口だけ考えれば一宮市と同等の進学校があってもいい環境だが、中心部が一箇所に定まっていないことや名古屋市東部に出やすい条件などが重なり、この水準まで下げないと地元の進学校が発生しない。江南は先の滝高校のある江南市にある学校で、こちらは西春と同じ鉄道路線沿いにあり、一定の分担をしている。旭野は尾張旭市にあり、名鉄瀬戸線沿線の生徒にとって手頃な進学校である。

名古屋大学は難しいものの、地方国公立大に一定の実績を挙げている高校というのもある。一宮興道一宮南高蔵寺松蔭昭和津島名古屋西、そして私立の名城大附属と言った高校が挙げられるだろう。名古屋大学合格者数は5名以下ながら、岐阜大学や名古屋工業大学、愛知教育大学等へのある程度の合格実績がある。上位進学校は入試難度が高いこともあり、不合格となってしまった場合の滑り止め校となっていたり、都市化が進んだ地域にあって、その地域住民の多数派とも言える学力帯の、大衆的進学校と言うべき学校と言えるだろう。「自称進」と揶揄されることも多い学校だが、高等教育の大衆化が進んだ今となっては、そのような大衆向け高等教育機関に多くの進学実績を挙げる大衆的進学校は必要であって、発生してしかるべきかつ、実際の社会に求められる高校のように思う。

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これまでに列挙した学校を地図に書くとこんな感じだ。また、名古屋市付近を拡大すると以下のようになる。

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愛知県は進学校を県域全体にある程度分散させることに成功している。紫色の最上位の高校を尾張に旭丘、東海の2校、三河に岡崎の1校を配置している。その次の赤色の格を尾張に4校、三河に2校と言った具合である。大人口地域ということもあるが、県域全体に分散させようという県教委の弛まない努力の成果、と言えるだろう。

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