ヴィクトリアマイル
1年前に祖母が亡くなった。
2ヶ月前に亡くなった祖父を追うように。
祖母は民謡を歌う、贅沢なんて全くしないような大正生まれの人だった。
祖父は、線路を作る人で、植物を育て、晩年もパソコンで年賀状を作るようなバリタリティ溢れる大正生まれの人だった。
じいちゃんばあちゃん子だった自分は、小学生のときは、夏休みになると祖父母の家で長期間生活できるのが楽しみでしかたなかった。
祖父母の家では、自分の家ではできないことや、見ることのできないテレビ、麻雀も教わったし、テレビゲームも買ってもらった。
小学生の自分には祖父母がいなくなったら、この世の終わりと同じくらい大切な存在だった。
そんな自分も年を重ね、結婚し、自分の命よりも大切な子供が生まれ、祖父母と会う機会も減り、コロナが流行り、コロナ禍の昨年、祖父母ともに亡くなった。
お別れだけはできた。お別れする前も他の孫たちよりも会えた。だけど、小学生のときの感情は湧かなかった。
叔母から、ソダシが桜花賞を勝ったとき、祖母が「よかったねー。◯◯くんが喜ぶね。」と言っていたと聞いた。
祖母が自分が競馬が好きだと知ったのは、大学を卒業したときの引っ越し。スペシャルウィークとグラスワンダーのアイドルホースぬいぐるみやUFOキャッチャーで取った大量の馬のぬいぐるみを見たときだ。
引っ越しといえ、単身パック、荷物を処分する中で、祖母がグラスワンダーのゼッケンにハサミを入れてしまった。逆上した自分は、「何で勝手に切ったの!」と声を荒げてしまった。
今、ぬいぐるみは自分にとって大切なものではなくなっている。あのときの祖母の顔は忘れることのできない自分の十字架になってしまった。
祖母はどれだけショックを受けただろう、だからこそ、競馬中継を見てアイドルホースのソダシの活躍に自分が喜ぶと思ったんだろうと思う。
祖母は自分が生まれてから祖母が亡くなるまで、変わらず愛してくれた。
変わったのは自分。
変わっても何かのタイミングで祖父母を思い出したい。
競馬は続けるよ。タバコはばあちゃんがやめろやめろとうるさいからやめた。
いなくなって1年。
明日、ソングラインという馬が走る。
民謡が上手だったばあちゃんと線路を作っていたじいちゃんを合わせたような馬。
そして、一緒にソダシも走る。
毎年、ヴィクトリアマイルのときには、今年のことを思い出すよ。
ありがとう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?