国際政治における道義と力-『中央公論』2024年4月号の鼎談を読んでの雑感

細谷雄一・東野篤子・小泉悠「鼎談 SNSという戦場からーウクライナ戦争が変えた日本の言論地図」『中央公論』第138巻第4号(2024年4月号)を読んだ。色々と思うところはあるが、さしあたって小泉悠氏の以下の発言にコメントをしておきたい。

小泉氏は、次のように言う。
「東野先生は先ほどから、原理原則を確認することの重要性をおっしゃっていますが、教科書に書いてあるような原理原則を否定したいという偽悪的な喜び、中二病的な欲望って、誰の中にもあるんですよね。あるいは原理原則は欺瞞であり、否定することこそが公正だという考えから誹謗中傷をする人もいる。
でも、原理原則を否定した後に残るのは、強者総取りの世界です。強者にかけていた縛りをとっぱらったとき、自分が生き残れる強者だと思っている人はどれだけいるでしょう。ほとんどの人はしんどいはずです」(p. 24)。

ここで、擁護すべき原理原則として想定されているものははっきりとしないが、前後の東野・細谷発言を読む限り、それは「国連憲章」や「基本的人権」などを指すようである(p. 23, 25)。

この小泉発言に対しては、3点コメントがある。

①「原理原則を否定したいという偽悪的な喜び」、「中二病的な欲望」は、学問の喜びの核の一つにあると考えられる。であるならば、「中二病的な欲望」の全てを、それが中二病的であったとしても、否定することはできないだろう。そもそも、中学二年生の知的挑戦さえ跳ねのけられないようでは、その原理原則は、ひ弱すぎる。

②さらに、(何を指すかの詳細は不明確だが)「原理原則」に対する懐疑は、いわゆる「グローバル・サウス」諸国を中心に、広く広がりつつあると思われる。直近の例を挙げれば、ウクライナは国連においてロシア非難決議案の提出を見送ったが、これはガザの情勢が影響していると報じられている。


そもそも、アメリカが開始したイラク戦争は、国連憲章に照らして、どう正当化できるのか?

あるいは、より広く、米欧を中心とした諸国がむき出しにする欺瞞をどう考えるべきか。例えば、2013年6月25日、当時のアメリカ合衆国大統領オバマは、「大統領気候変動行動計画」を発表した。その内容は、「気候変動の挑戦に対し米国が世界をリード」し、「海外の石炭火力新設に対する米政府公的金融支援の終了。但し、経済的な代替手段がない最貧国における最高効率の石炭火力技術」を除くとした上で、「他国や多国間開発銀行に対し、早急に同様の措置を取るよう求めていく」ものであった。実際、オバマ・アクションプランの発表から一か月後の7月26日、世界銀行グループは、新設石炭火力への融資を石炭以外に経済的な選択肢がない場合に限るなど、厳しい融資方針を発表した。欧州投資銀行、欧州復興開発銀行などもほぼ同調した(原田2014)。

アメリカが世銀と欧州の開発銀行に対して及ぼす圧倒的な影響力に驚くほかないが、安価で技術的にも容易だと思われる石炭火力発電の発展途上国での新設を阻害するアメリカ主導の施策は、発展途上国の経済発展と工業化を阻害するための策略の一つと捉えられても、致し方ないと思う。

③ここで思い出すのが、国際政治学という学問分野を切り開いたE・H・カー『危機の二十年』およびH・モーゲンソー『国際政治』である。これらの書物において、国際政治においては、国際法にかぎらず、倫理的な規範一般が、権力や利益を正当化するイデオロギーであると捉えられていた(西 2018: 32-35)。国際政治における法や倫理は、既存の秩序の反映に過ぎないとする見方は、国際政治学における基本的な発想の一つではないだろうか。

こう考えてみると、小泉氏が言う「原理原則を否定した後に残るのは、強者総取りの世界です」という発言を、そのまま受け取ることはできないことが分かる。既存の原理原則や法、そして倫理こそ、強者がその利益を確保するために築き上げ、利用するものだという疑いが強く残るからである。

「悪の独裁国家」たるロシアや中国に対して、「善の民主主義国家」アメリカが世界で見せる対応は、実際には自らが喧伝するほど善には見えないということは、多くの人にとって明白になりつつある。力と利益とイデオロギーが激しく衝突する国際政治において、無謬の善の存在であることは、そもそもできない相談なのである。

とすれば、学者のなすべき重要な仕事の一つは、多くの関係アクターの数十年に渡る錯誤の結果としてもたらされた戦争に対して、どちらか一方の味方をしてSNSを「戦場」にすることではないだろう。はっきり言えば、日本国内で親ウクライナ的言説が多少、盛り上がろうが、親ロシア的言説が盛り上がろうが、ウクライナでの戦争にも、ひいてはヨーロッパの今後の帰趨に影響を与えることは、ほぼないのだ。

であるならば、国連憲章で謳われた気高い価値を、この不完全な世界で実現するための実践的な処方箋を考案し、その実現を粘り強く求めていくことこそ、政治学者の仕事ではなかろうか。

私としては、今後10年は、そういう仕事に取り組んでいきたいと思っている。


参考文献

西平等(2018)『法と力-戦間期国際秩序思想の系譜』名古屋大学出版会.

原田道昭(2014)「日本の石炭利用技術とJCOALの役割」平成26年2月25日(火)東京大学生産技術研究所(https://www.kaneko-lab.iis.u-tokyo.ac.jp/event/20140225/20140225-1.pdf

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