地下鉄のアナウンス
僕は、方南町と言う町に住んでいる。
新宿に出て行く時には、地下鉄に乗る事もある。
使用するのは、地下鉄、丸ノ内線。
行きは気にならないのだが、問題は帰りである。
新宿から乗って、西新宿、中野坂上、中野新橋、中野富士見町。
そして、終点の、我が町、方南町なのだが、
中野富士見町から方南町の間で、こんなアナウンスが、毎回、流れる。
「この先、揺れますので、お気を付け下さい。」
よく耳にするアナウンスなのだが、
この先、と思われる地点を通過しても、
揺れない、のである。
初めて耳にした時は、揺れるのか、しっかり踏ん張っておこう、と思ったのだが、
一向に揺れず、もうそろそろかな、もうそろそろかな、と思いながら、踏ん張り続けて、
そのまま、方南町に着いた事を、今でも、はっきりと覚えている。
その時は、今回は、たまたま揺れなかったのかな、と思っていた。
しかし、再び、新宿からの帰り道、中野富士見町を出発した、車内で、あのアナウンスが聞こえたのである。
「この先、揺れますので、お気を付け下さい。」
僕は、前回は、たまたま揺れなかったんだな、と思っていたので、
今回も、しっかり踏ん張って、揺れに備えた。
しかし、待てど暮らせど、一向に電車は揺れないのである。
そして、踏ん張り続けた僕を、丸ノ内線は、再び方南町に送り届けた。
こんな事があるはずはない。
僕は、今回も、たまたま揺れなかったのだと思った。
そして、三回目の乗車。
もはや、僕は、新宿に用事も無いのに出掛けていた。
揺れるかどうかを確認する為だけに出掛けたのだ。
用も無いのに、新宿の紀伊国屋書店に行き、店内を一周して、地下鉄に乗った。
そして、中野富士見町を出発した、車内で、アナウンスが流れた。
「この先、揺れますので、お気を付け下さい。」
揺れなかった。
こんな事があっていいのか。
なぜ、揺れないのに、揺れるとアナウンスするのか？
意味が分からない。
グーグルマップで調べてみると、確かに、中野富士見町から方南町の間は、大きなカーブがあり、
おそらく、そのカーブを通過する時に、アナウンスが流れているようなのだが、
車内で多少の遠心力は感じるものの、揺れるまでには至っていない。
そして、更に、おかしいのが、そこ以外の場所で電車が揺れる事があるのだが、
そういった場所で、アナウンスが流れなかったりするのだ。
揺れない所で、揺れる、とアナウンスし、
揺れる所で、揺れる、とアナウンスしない。
それからと言うもの、地下鉄に乗っていても、
揺れるのアナウンスがある度に、揺れるかどうか確認するし、
電車が揺れると、なぜ、事前に、揺れる、とアナウンスしないのか、と腹を立てるようになった。
そして、ある日、同じく、方南町に住む、後輩の女芸人と、地下鉄に乗っての帰り道。
彼女に、この話をしてみたのである。
「ここでアナウンス流れるけど、この後、電車、揺れへんよなぁ。」
「何で、揺れへんのに、揺れる、ってアナウンスするんやろ。」
「ほんで、他に揺れる所、いっぱいあるのに、そこでアナウンス流れへんよなぁ。」
「これ、おかしない？」
すると、後輩は、しばらく考えて、こう言った。
「しんたろうさん。そんな事、考えて、人って生きてないですよ？」
「仮に、揺れる、って聞いて、揺れなかったら、あ、揺れなかったなぁ、て思って、それで終わりですよ。」
「ほんで、それ、鉄道会社も分かった上で言うてるんじゃないですか？」
「カーブがあるから、万が一、その傾きで怪我する人も出て来るかもしれない。」
「そんな時に、前もって、アナウンスで言うてましたよ、だから責任は持てませんよ、って言う既成事実、作りじゃないですか？」
と。
僕は、納得いかなかった。
だから言い返した。
「それなら、アナウンスで、『この先、カーブがあります。お気を付け下さい。』でいいんじゃないの？」
「なぜ、揺れる、と言うの？」
「日本語、間違えてない？」
「子供も乗ってる公共の乗り物で、間違った日本語、流すって、めちゃくちゃ問題やん！」
「これ誰か言うた方がいいんじゃないん！！」
「誰も言わへんのやったら、俺、言うた方がいいんかな！！！
と。
後輩は僕に言った。
「しんたろうさん。」
僕は言った。
「何？」
後輩は言った。
「早死にますよ。」
僕は、早く死ぬらしい。
何も間違っていなのに、地下鉄のアナウンスが間違っているせいで、人より早く死ぬらしい。
時間は迫っている。
だから思った。
毎日、全力で生きよう。
と。
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