小笠原桑

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昨年2月、工房にずっしりと重い荷物が届きました。
包みの中はひと固まりの真っ黒な木。小笠原桑と呼ばれる希少種です。

オガサワラグワ(通称オガグワ)は東京から千キロ南の小笠原諸島の固有種で、かつては島の森の主要な樹木でした。
人の行き来も少なく手つかずの森には樹齢数百年という大木も多く、その木質も緻密で黒く美しいことからオガグワは高値で取引されるようになり、明治頃にほとんど採り尽くされてしまいました。

その後も島に導入された別種の島桑との混交が進んだり、繁殖力の強い外来種の木に駆逐されたりで純粋種のオガグワは増える事が出来ず、現在では百数十本を残すのみで絶滅危惧種に指定されています。

明治以降の数十年、島の人々は伐採した貴重なオガグワ材を自宅や畑の土中などに隠すようにして保管し、娘が嫁に行く時などに少しずつ材を切り出し小さな木製品を作って持たせたりと、大切に使ってきたそうです。

今回は、戦前に伐採され保管されていた樹齢500年以上という貴重なオガグワをお預かりし、ウクレレを製作するというとても緊張感のある仕事でした。

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工房に到着したオガグワ。表面は朽ちて触るとぼろぼろと崩れる状態でしたが、鉋をかけるとすぐに滑らかで美しい木肌が現れ、この木の生命力を感じさせます。

鋸で慎重に薄板に挽いてシーズニング。伐採から数十年が過ぎているので乾燥は十分でしたが、気候に馴染ませるためにじっくりと寝かせ、また次の冬が来た頃に製作に取り掛かりました。

仕様はシンプルにして木の色味を生かすようにし、楽器全体を全てオガグワで製作。緑がかった深い黒色に、部分的に現れた自然な黄色と杢がいいアクセントになってとても美しく仕上がりました。

オーナーの希望で指板には三階菱の紋を貝で象嵌しました。松本城城主小笠原氏の家紋です。

実は小笠原諸島は、一説に松本城主小笠原貞慶の甥、小笠原貞頼が1593年に幕府の命を受けて探検し発見したものとされています。

420年以上もの時を経て、縁があって小笠原の木を松本の工房で使う事に不思議な繋がりを感じます。

伐採時の樹齢500年とも聞くこのオガグワ材。小笠原貞頼が母島を発見した時にはもう大きな木だったはず。じっと探検者たちを見守っていたのかもしれません。

この松本の地で木から楽器に姿を変え母島に里帰りする事を、このオガグワはどんなふうに感じているのでしょう。

楽器となって、また数十年人々の耳と目を癒してくれることを願っています。


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