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プライマリ ふたたび

梅雨も終盤に差し掛かると、大雨の被害が毎年聞かれるようになる。今年も、伊豆で大きな災害があった。五人兄弟の大家族かつ家で仕事をしていたためなかなか家族で遊びに行くことができなかった子供のころの自分にとっては、伊豆は毎年夏に旅行にいっていたなじみ深い土地である。ただでさえコロナ禍で大変な状況が続く観光地で、思いもよらない災害に遭われた方のことを思うと胸が痛む。自然の力を前に、人間とはいかに弱いものだろうか。と同時に、そんな中でも、捜索、救助にあたる人々の力を思うと、はかない力だとはいえ、自分も何かできないだろうか、との想いも強くする。そんな、2021年の7月だ。

一か月ほど前のことだろうか。

旧知のA先生から連絡が来た。昨年中止になった、秋季セミナーを今年は完全オンラインで実施する、と。そしてその中の120分の家庭医講演をお願いしたいと。

実は数年前から、学会の会合や学術大会などで、なんどか依頼をされたことがあった。そのたびに、「いえ、私にはできません」とお断りしてきた。口頭でお断りするだけでは、せっかくのご依頼に対して失礼かと思い、理由を詳述した長い長いメールをお出ししたこともあるので、お断りした私の気持ちは伝わっていることと思ってきた。その頃は、A先生の依頼だけではなく、他の対外的な仕事もほぼすべてお断りしていた時期だった。
理由はさまざまであるが、簡単にいうと「自信がない」ということである。

もちろん地域での講演や、ごくうちうちでの講演などは引き受けてきた。いくつかの雑誌や書籍の編集、原稿なども以前に比べ減らしたとはいえ、全くやめてしまったわけではなく、細々とではあったものの自分ができる範囲で行っていた。ただ、これらもコロナ禍になって以降多くの会合が中止となり激減した。とはいえ臨床は相変わらず多忙だし(たぶん普通の人の2倍は働いているだろう)研究も教育も細々とだが続けている。ただ、人前で話す仕事はできない、それはずっと変わらなかった。

でも、今度はちょっと考えて、引き受けることにした。

もちろん、十分に自分の事情を承知してくれ、そして自分のこれまでも承知してくれているA先生が、あえてこのタイミングで再度お声をかけてきてくれたこともある。(ちょっとこれは断りにくい)

人前、といってもオンライン、という気楽さも。

あと一つは、自分にとって、ここは分節点になる、という、カン、というか、ひらめき、を感じたからである。

とはいえ、何をしていけばいいのか。何が自分にできるのか。

なにせ与えられた時間は120分である。

A先生に伺ったところ「何をしても、何を話してもいい。」とのことだ。それもまた自由度が高くて困る。そもそも昨年は中止になっているので、これまでのことはあまり考えなくても良い。

…自分にできること。自分がここでしなければならないこと。

とりあえず、日程の確認(笑)

次に自分がしたことは…

むかし自分が書いた本を取り出したことだった。

…続きます。




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