散歩した

▶さみしい、さみしい。とてもさみしいわ。きらきらとゆらぐ川と、肺を埋め尽くす空気と、風に乗った春の匂いがこんなにも私を誘い出している。それに比べてただ頬に触れる髪をそっと避けるばかり。あの頃と遜色なく色めいているのに、パレットには何色も乗っていたはずなのに、キャンバスは新品のまま。こんなにも虚しいことがあるのね。
▶きっと氷だった。たまに溶けてしまいそうで、かと思えば触れると痛いほど冷たい。やっとで零度を保っていた、そんな氷だったの。氷はすっかり溶けてみずになってどこかへ流れてしまった。だれもかれも「透明できれいだね」なんて言ってサラリと忘れてしまう。それでも私だけは覚えている。内側から見れば色とりどりで、光が指すたびに万華鏡のようにきらめいていた。そんな素敵なものだったのに。色が薄まり、溶け合い、そして透明になってしまった。光をただ通すばかりでその熱にさえ溶かされてしまう。残された水でさえ記憶とともに流れ去ってしまった。
▶何をも見られぬ虚しさと、忘れられる悲しさと、縋りつくほどの愛情を向けてなおかえることはないなんて。さみしいと言わずしてなんて言えばいいのか。とてもさみしい、すべてがさみしい。きっとこの鈍い痛みが記憶。この痛みが消えるまではきっとさみしいのね。

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