社会実験として捉えると?-COVID-19と都市計画 その8
国土交通省から「新型コロナウイルス感染症の影響に対応するための沿道飲食店等の路上利用に伴う道路占用の取扱いについて」が出ましたね。これは路上利用のハードルを大幅に下げるというもので、饗庭のまわりの都市計画・建築の専門家の反応も軒並み高評価、国土交通省の迅速な対応に心から敬意を表したいと思います。ソトノバの泉山さんが、これまた迅速に細かい解説を出しているので、詳細はそちらを。
この「道路空間をオープンカフェなどに開放する」という動きは、かなり長いこと、あちこちで検討や社会実験が行われていました。国家戦略特区の一つもなっていますし、この2月に道路法の改正が閣議決定され「歩行者利便増進道路」という新しい仕組みが始まろうとしていたところでした。歩行者利便増進道路の正式スタートは今年の12月ということらしいので、それを待たずに、緊急的に、前倒し的に今回の取扱いが決まったというふうに言えるかもしれません*。おそらく国のなかでもこういった議論の蓄積があったため、今回の迅速な対応につながったのだと思います。
さて、私のまわりには、COVID-19をきっかけにしたこの取組みが路上利用を大きく変えていくことになるんじゃないかと観測する人たちが多くいます。乱暴にいうと、「ついにパリになれる!」という観測です(乱暴すぎてすみません)。もちろんそれは望ましいことなのだと思いますが、少しだけ慎重に考えておきたいと思います。
20年くらいまえにある地方都市の商店街で自動車交通を止め、路上でフェスティバル、みたいな社会実験をやったことがあります。路上で何かをする時には、それによってもたらされる経済効果と、道路交通への効果がつねに天秤にかけられます。「通行止めにするとこれくらいの経済効果があります=例えば中心商店街の売り上げがあがります」という予測を右手に、「交通の影響はこれくらいにとどまります」という予測を左手に持って行政や警察と協議し、「予測が間違っているかもわからないので、指標をたてて当日にデータをとり、経済効果と交通の影響を明らかにします」ということにして、「一日だけやってみましょう」と進めるのが社会実験です。そして実験ではデータをとる、そのデータをみながら反省し、何度か方法を変えて実験を繰り返し、やがて落とし所を見つけていく、というふうにして、実際の空間整備につなげていきます。ちなみにその地方都市では商店街での都市計画道路の整備につながっていきました。
今回の路上利用をはじめとしたいろいろな暫定的な空間整備を、こんな感じで、壮大な社会実験であるととらえておくと、その先の大きな変化につなげていけるのではないかと思います。
とはいえ、あわてて始まった実験であり、実験材料の準備も、仮説や指標の組み立ても、データの取り方も、走りながら考えていくしかありません。思いついた、いくつかの論点を出しておきたいと思います。
平常時に商店街の路上にカフェをつくるような社会実験の場合、「まちの賑わいづくり」なんてことを目標にして、歩行者が増えたとか、売り上げがのびたとか、新規の出店者が増えたというような、「今よりもよくなっている」指標が設定されることが多くあります。これを「成長を実感する指標」とよびましょうか。しかし、COVID-19で歩行者がこれまで以上に増えるとは考えにくいし、売り上げがのびるとも思えません。
では何が大事なのか。それは、一つ一つの個店が、従業員を解雇することなく、不渡りを出すことなく、なんとか営業を継続できる、といったような「持続を確認できる指標」なのだと思います。サステイナブルなんとかとか、SDGsとか、世界とか地球のためになる大げさな持続ではなく、もっと切実な「毎日なんとかやれている」「ボチボチや」みたいな指標。こういった「持続を確認できる指標」をどれくらい持てるのかが大事なことではないかと思います。
もちろん持続のあとには成長が待っているかもしれないので、成長を実感する指標のデータを取っておくことも大事だと思います。しかし、COVID-19が私たちにつきつけているのは、「成長なんてしなくても、今が続いていればハッピー」という価値観の転換のはず。実現すべきは、パリみたいなオープンカフェではなく、パチンコ帰りのジャージのおっさんが商店街の和菓子屋で買ったよもぎ餅をお茶をすすりながら楽しんでいる、そこにスナックのママが通りがかって「今夜も来てねー」なんて言っているくらいの風景のはずです。この価値観を支えるために、「持続を確認できる指標」を確立することはとても重要なことだと思います。
そしてもう一つ大事な視点は、路上の開放が、3密をさける、ソーシャルディスタンスを確保する、感染症の感染リスクを下げるために行われているということです。2mおきの椅子の配置にどれくらい効果があるのか、1mにしたらどうなるか、対面でなく並列にしたらどうなるか、屋根のあるなしは影響するか、そもそも不特定多数が通行する空間で飲食するほうがリスクが高いんじゃないの・・?なんて、わからないことだらけです。
この社会実験を通じて、感染リスクという視点から指標をつくってデータを集め、それを感染症の状況と照らし合わせて、「これくらいで大丈夫」というような基準をつくること、そしてその基準とほとんどずれない常識を、再び社会実験を通じて作り出していくことも重要だと思います。
感染症の空間的な分布のデータは、プライバシーやなんやらでたぶん公開されないと思うので、データをつきあわせるのは、政府の役割になると思います。(トップの画像は、先週の日曜日の南大沢アウトレットモール。地面のソーシャルディスタンスマークと、人々の常識のズレ。だんだんなし崩しになっていきます。)
そして、願わくば第二波、第三波の時に、公園、図書館からパチンコ屋にいたるまでを、一律に閉鎖する、なんていうヒステリックな政策をうたなくてもよい、第二波、第三波が来ても、何も閉じないでよい社会をつくりだすということにしたいものです。
最後は「誰が社会実験をやるの」という問題。地方都市でオープンカフェをつくるような社会実験は、当事者(=商店主)を巻き込むのが当たり前なのですが、今回はそれが難しいはずです。災害のあとに家族をなくした人に「まちの将来を考えましょう」と言っているようなことになってしまいます。実験でデータがとれ、すぐれた解釈がなされたとしても、その解釈を片手に、新しい社会のルールを作っていく人が必要になります。当事者の代理人として、COVID-19がもたらした知見をもとに都市を変えていくキャラクターをつくらないといけません。それは市役所の課長さんでも、元気な地域おこし協力隊員でも、商店街組合の事務局長さんでもいい。社会実験という科学的な響きは、なんだか結果がでたら自動的に社会が変わっていくようなイメージを与えてしまいますが、そんなことはないので、当事者以外のエージェントをどのようにつくりだせるのか、このことが一番大事なことかもしれません。
*とはいえ、発表された情報を見る限り、「歩行者利便増進道路」は「2025年度末までに概ね50区間」を目標とするもの、そして「最大20年の占有が可能」ということなので、わりとかっちりした取組が想定されているように思います。無電柱化のようながっつりとしたハード系の取組とも連動しているので、結果的に10区間くらいが東京、政令指定都市の中心部に1-2区間ずつくらい、残る10区間くらいが地方の元気なところに生まれるっていう感じのものかもしれません。今回の取扱いは、50どころではない数が必要なんじゃないかと思いますので、歩行者利便増進道路がその延長線上にピタリとのっているかどうかは、慎重に考えたほうがよいかなとも思います。
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