カプセルが溶けない原因は〇〇〇〇〇?沢井製薬の品質不正問題を製剤学の視点から解説

2023年10月、日本のジェネリック医薬品メーカーの大手、沢井製薬は、福岡県にある九州工場で製造された胃薬「テプレノンカプセル50mg『サワイ』」(以下、テプレノンカプセル)に関し、承認されていない方法で販売後品質試験を行っていたことを公式に発表しました。

ジェネリック医薬品業界最大手の沢井製薬の不正ということもあり、このニュースは各報道機関により大々的に取り上げられましたが、この不正に対する製剤学的な観点からの解説はこれまでなかったことから今回このnoteをまとめてみました。読んだ次の日には誰かに話したくなるような情報が沢山ありますので、是非最後までお付き合いいただければと思います。なお「私は医薬品に詳しいんだ」という方は、基礎的な内容を記した「1.医薬品の品質試験について」や今回の不正の背景について記載した「2. 沢井製薬が行った品質試験の不正内容とは」を飛ばして「3. カプセルが溶けなくなる原因」から読み進めていただいてもOKです。

1. 医薬品の品質試験について

1.1 医薬品の品質試験とは

医薬品の品質試験は、薬が安全かつ効果的であることを保証するために行われ、規定の基準を満たしているかを確認します。一般的に行われる試験には、以下のようなものがあります。これらの試験を実施し、問題がないことを確認することで、患者さんは常に一定の品質の医薬品を服用できるのです。

医薬品の品質試験で行われる試験の種類の例

1.2 溶出試験とは

今回の不正の中心となる「溶出試験」について、もう少しお話しします。溶出試験は、「薬がちゃんと体内で溶けるか」を調べる試験です。ただし、実際の薬の製造の度に人の体内で試験を行うわけではありません。代わりに、体内環境に似せた条件を疑似的に作り出し、その中で試験を実施します。溶出試験では、「溶出試験器」と呼ばれる機械を使用して、体内に近い状況を再現し、薬の溶け方を確認します。添付された写真や、下記のYouTubeリンクにある動画が、実際の溶出試験の様子を分かりやすく説明しています。この機械を用いて、錠剤やカプセルが一定の時間内にどの程度溶けるかを計測し、薬が体内で効果を発揮できるかを確認します。

富山産業が販売する溶出試験器

1.3 重要な二つの試験タイミング

品質試験を行うタイミングには、主に2つの重要な段階があります。1つ目は「出荷試験」と呼ばれ、これは工場から薬を出荷する際に行われます。2つ目は「安定性モニタリング」(長期安定性試験とも言います)で、これは薬を特定の保管条件下で一定期間保存し、時間の経過に伴う変化を定期的にチェックするものです。安定性モニタリングを実施することにより、薬が使用期限内において品質の問題が生じていないことを確認できます。

2. 沢井製薬が行った品質試験の不正内容とは

2.1 カプセルの詰め替えという「替え玉受験」

沢井製薬による今回の不正内容について改めて見てみましょう。以下は外部調査委員会が報告した不正の概要です。

2) 本件不適切試験の概要
本件不適切試験は、本件製品の安定性モニタリングにおける溶出試験を実施する際、カプセルから内容物である顆粒を取り出して別のカプセルに詰め替える作業を行い、当該詰め替え後の検体を用いて試験を行い合否判定を行っていたというものである

特別調査委員会 調査結果報告書(概要版)より

今回の不正は、安定性モニタリングにおいて溶出試験を行う際、古いカプセルの中身を新しいカプセルに詰め替えて行われていました。品質が時間経過とともにどう変化するかを確認する必要があるにも関わらず、新しいカプセルに詰め替えることは、いわば「替え玉受験」に相当する行為です。この不正は、少なくとも10年以上前から行われていたとされていますが、なぜこの不正が長期間にわたり見過ごされていたのかについての詳細は、下記リンクの記事によくまとまっています。また、さらに詳しい背景を知りたい方は、特別調査委員会の調査結果報告書をPDFを置いておきましたので、そちらを参照してください。

2.2 不正の原因となった「カプセルの不溶化」

では、なぜ沢井製薬はカプセルの詰め替えという不正を行ったのでしょうか。その理由は、過去の経験からテプレノンカプセルが時間経過とともに溶けなくなる(不溶化する)ことが判明し、安定性モニタリングで不合格となる可能性があったためです。

試験を実施したロット全てについて規格外(OOS)となった。当該試験では、 カプセルが溶解せずに溶出率が 0%となる個体も複数存在し、溶出率の低下が著しい結果となった。

特別調査委員会 調査結果報告書(概要版)ページ3, (1) 本件不適切試験の発覚 より

安定性モニタリングで基準を満たさない結果が出れば、製薬メーカーは市場に出ている医薬品を品質不良として回収しなければなりません。このような回収は、コストの増加や医療関係者からの信頼の喪失を招きます。従って、安定性モニタリングの試験に合格させるために、古いカプセルから新しいカプセルへの詰め替えが行われたのが、今回の不正のきっかけでした。

3. カプセルが溶けなくなる原因

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本noteの主要な部分となります。なぜテプレノンカプセルは時間の経過と共に溶けなくなったのでしょうか。世の中のすべてのカプセルが時間の経過で溶けなくなるのでしょうか。何がその原因で、どうすれば防げるのでしょうか。
以降では、これまでの報道やニュースサイト、さらには特別調査報告書にも記載されていなかったカプセルが溶けなくなる原因とその対策について、製剤学的な観点から紹介していきます。

3.1 問題が起こるカプセルは「ゼラチンカプセル」

医薬品のカプセルに用いられる素材は様々ありますが、その中でも特に歴史が古く、150年以上も前に開発され、現在でも最も広く使用されているのがゼラチンカプセルです。問題となったテプレノンカプセルも、このゼラチンカプセルを使用していました。
実は、ゼラチンカプセルが水などの試験液に対して溶けにくくなることについては、1970年代にすでに報告されていました(Khalil, Ali, & Abdel Khalek, 1974)。そう、ゼラチンカプセルの不溶化は実は製薬業界内では、昔からよく知られていたものだったのです

3.2 不溶化のキーワードは「架橋」

ゼラチンについて語るうえで重要なキーワードが「架橋」(Cross-linkage)です。架橋とは日本語でいえば橋をかけることですが、化学における「架橋」とは、高分子化学でポリマー同士を連結し、その物理的、化学的性質を変化させる反応を指します。専門的な説明は省略しますが、簡単に言うと、タンパク質であるゼラチンは長い鎖状の分子で構成されています。通常、これらの鎖は独立しており自由に動くことができます。しかし、特定の化学反応によって、これらの鎖が化学的に強固に結び付けられ、固定されることがあります。この架橋反応が起こると、ゼラチンの物理的な特性が変化します。例えば、強度が増し、溶解性が低下するなどの変化が生じます

3.3 架橋が起きる原因は〇〇〇〇〇?

ゼラチンカプセルが時間の経過と共に溶けにくくなる原因もまた「架橋」が原因であるということは以前から予測されていました。しかし、全てのゼラチンカプセルが必ず時間経過で溶けなくなるわけではなく、何が要因となって架橋促進されるのか、その詳細なメカニズムが明確になったのは2000年代に入ってからのことでした。
2001年に発表された論文によると、ゼラチンカプセルの溶解性の低下を引き起こす架橋は、高い相対湿度、温度条件、およびアルデヒドの存在する環境が影響していることが報告されました(Ofner, Zhang, Jobeck, & Bowman, 2001)。

アルデヒドとは分子内に、カルボニル炭素に水素原子が一つ置換した構造を有する有機化合物の総称を指し、一般式では R-CHO で表されます。このアルデヒドはタンパク質の側鎖のアミノ基と反応を起こすことで、架橋反応を進めることが以前から知られていました。この性質を利用したものに生物学研究におけるホルマリン(ホルムアルデヒド)固定やグルタールアルデヒド固定などがありますが、ゼラチンカプセルが溶けなくなる原因もこのアルデヒド存在下における架橋が影響していることが明らかになったのです

ですが、医薬品の製造においてアルデヒド類を意図的に使用することはありません。では、ゼラチンの架橋を促進するアルデヒドはどこから来るのでしょうか。これがカプセルの不溶化を考えるにあたり難しいところで、アルデヒド類は医薬品の製造過程で様々な箇所から微量に含まれる可能性があります。アルデヒドが含まれる可能性のある源としては、以下のようなものが考えられます。

  • カプセル内の有効成分や添加物、またはその分解物

  • カプセルの素材自体

  • PTPシートやカプセルに印字されるインクなどの包装資材

  • 大気環境

これらのアルデヒドの有無に加え、温度、湿度、紫外線などの要素が複雑に絡み合い、架橋化を促進するため、その発生を事前に予測することは難しいです。この問題に対処するため、製薬業界では様々な取り組みを行っています。次のセクションでは、これらの製剤工夫について詳しく説明したいと思います。

4. カプセル不溶化問題を解決するための方法

さて、ここからは、製薬業界においてカプセルの不溶化を防ぐためにどのような工夫がされているのかを紹介しようと思います。

4.1 ゼラチンカプセルはもう古い!?

まず最もシンプルな方法があります。それはゼラチン以外の素材を用いたカプセルを使うことです。なかでも最も使用されるのがHPMC(ヒドロキシプロピルメチルセルロース, ヒプロメロース)カプセルです。HPMCカプセルを世界で初めて開発したクオリカプスのホームページから製品の特長を以下に抜粋しました。

・ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)は植物由来であり、
QUALI-V®-Nは動物性原料を全く使用しておりません。
化学的に安定しているため、充填する内容物の影響を受けにくいカプセルです
・湿度による機械的強度への影響が少ないため、乾燥条件下でも割れにくく、また、吸湿性の高い内容物の充填も可能です。
・アレルギー物質(特定原材料等28品目)は使用しておりません。
・2種類以上の固形製剤、油性の液体製剤、半固形製剤など、様々な内容物を充填することが可能です

クオリカプス HPMCカプセル QUALI-V®-N 製品紹介より抜粋

また、HPMCは植物性セルロースを主成分としていることから、動物性たんぱくを由来としているゼラチンカプセルを服用することができない、ベジタリアンの方に適しているという特徴もあります。

HPMCカプセルでは、ゼラチンカプセルでみられる架橋に伴う不溶化は起こらないので、2000年以降のカプセル剤の製造においては積極的に用いられるようになってきました。ただし、世界的にも日本国内においても、カプセルの材質としてはゼラチンカプセルのほうが依然として広く使用されています。その主な理由は、ゼラチンカプセルとHPMCカプセルとでは溶け方など物性に微妙な違いがあること、さらに言えばゼラチンカプセルの方がコストが低いという事実が大きく影響しています。また、これまでゼラチンカプセルで製造していた製品をHPMCカプセルに切り替える、というのは医薬品の手続き上非常に面倒なので、これを行う製薬会社はほとんどありません。

なお、シェアとしては大きくないですが、同じく非ゼラチンカプセルとして、でんぷんを出発原料として得られるプルランを使用した「プルランカプセル」というものもあります。

4.2 ゼラチンを架橋させないためのアプローチ

上述したゼラチンカプセル以外の素材を用いるアプローチに加え、ゼラチンカプセルの架橋を防ぐ方法についても様々な研究が行われています。一つの例として、カプセルに特定の物質を添加することで架橋を防ぐことが可能である、という特許の公報があります。しかしながら、これらの「架橋を防ぐ特別な手法」は多くの場合特許に関連しており、その使用状況が製薬業界でどの程度広がっているのかは、一般にはあまり明らかにされていないのが現状です。

通常のゼラチンに、低分子量ゼラチン(分子量が6,000〜26,000の範囲のゼラチン分解物)をゼラチン総量に対して5〜10重量%配合したゼラチン組成物を原料として使用し、硬質カプセル、軟質カプセルを定法によって製造することにより、機械的強度を保持し、かつ不溶化が起こりがたいカプセルが得られる。
(中略)
カプセル充填物中にアミノ酢酸を含有させ、充填物中のアルデヒドが硬カプセルの ゼラチンのアミノ基と反応するのを防止し不溶化を軽減するもの(特許文献2)、充填物中に分子量500~10,000のコラーゲンペプチド等のアミノ化合物を配合し、充填物中のアルデヒドが軟質カプセルのゼラチンのアミノ基と反応するのを防止し不溶化を軽減するもの(特許文献3)が知られている。 【0006】  また、カプセル外皮の改善としては、ゼラチンに硫酸アンモニウム、硫酸水素アンモニ ウム、グルタミン酸、アスパラギン酸などを添加するもの(特許文献4)、ゼラチンに分子量5,000~10,000程度のポリペプチドを15~70%加えアルデヒドとゼラチンの反応を抑えるもの(特許文献5)

公表特許公報 JP2013515715Aより

4.3 PTPシートやインクに対する取り組み

アルデヒドはカプセルの中身だけでなく、カプセルを包むPTPシートや印字に使用されるインクにも微量に含まれることがあります。そのため、各資材メーカーは「低アルデヒド」を特徴とするPTPシートやインクの製造・販売に取り組んでいます。大切な点として、カプセルの素材がゼラチンであるかどうかは添付文書やインタビューフォームを通じて確認することができますが、使用されている包装資材のメーカーや種類は一般には明らかにされていません(製品を直接見ても分かることはおそらくないです)。これらの情報は表には出ていませんが、多くの製薬会社がこういった資材を使った製剤工夫に取り組んでいるかもしれませんね。

5. そもそも体内でカプセルが溶けないなんてことありえるの?

5.1「体内で溶けていないカプセルが発見された」という逸話は本当か

世間では、ジェネリック医薬品の品質が疑わしいとされる際に、「先発品からジェネリック医薬品に切り替えた患者さんが『薬が効かない』と訴え、胃カメラで調べたところ溶けていないカプセルが発見された」という逸話がよく引き合いに出されます。

この陰謀論めいた逸話の真偽は不明ですが、沢井製薬の不正が報じられて以降、「ジェネリック医薬品ではカプセルが溶けない」という考えが信ぴょう性を帯びてしまったようです。では、実際に架橋を起こし、溶出試験で規格外となったゼラチンカプセルは体内で溶けないのでしょうか。結論から言えば、架橋したゼラチンカプセルでも、体内で溶ける可能性が高いです。

5.2 溶出試験で溶けない=体内で溶けないとは限らない

なぜこの結論になるかというと、溶出試験で使用される試験液と人体では決定的な環境の違いがあるためです。それは胃液中に含まれるペプシンの存在です。ペプシンは胃液に含まれるタンパク質分解酵素の一種です。文字通りタンパク質を分解しますので、タンパク質の一種であるゼラチンについても胃液中では、ゼラチンカプセルが架橋していようがいまいが、溶解させることができるので、体内で溶けないカプセルが発見される、という可能性は低いのです。ただし、架橋が激しく進んでいる場合は溶ける速度が異なることがあり(Meyer, Straughn, Hussain, Mhatre, Bottom, Shah, et al., 2000)、架橋していないカプセルと比べて効果が現れるまでの速度が異なる可能性があることは考慮しておいたほうがいいかもしれません。

5.3 溶出試験は体内の環境を正確に再現できているわけではない

するどい方なら上の説明を聞いて疑問に思うかもしれません。「じゃあ溶出試験のときに試験液にペプシンを加えたらいいじゃん」と。

はい、その通りなんです。

アメリカで行われる溶出試験(アメリカ薬局方, USP)では、胃液中のペプシンによって架橋したゼラチンカプセルが溶けるという報告を受けて以降、「ゼラチンカプセルが溶出試験で溶けない場合には試験液にペプシンを添加して再試験する」という手法が認められるようになったのです

5.4 日本薬局方で定められた溶出試験の課題

え、じゃあ日本は?と思われますよね。実は日本では溶出試験で試験液にペプシンを加えることは認められていません
なぜか?分かりません。理由は明確ではありませんが、現状では日本薬局方ではこの方法が採用されていないのです。
はっきり言えることは、もし日本薬局方がアメリカ薬局方と同様に、ゼラチンカプセルの溶出試験で不溶化が発生した際にペプシン追加を認めていれば、沢井製薬のような不正は起こらなかった可能性があるということです。日本薬局方は5年ごとのメジャーアップデート(改訂)と2年ごとのマイナーアップデート(追補)が行われますので、今回の沢井製薬の問題を踏まえ、将来的にはアメリカのようにペプシン追加の手順が認められる可能性もありますね。

(おまけ)他のメーカーは大丈夫なの?

さて、ここまで話してきた中で、疑問に思われたかもしれません。今回問題となったテプレノンカプセルは、エーザイの「セルベックスカプセル」をはじめ、各社から販売されています。これらの製品はすべてゼラチンカプセルを使用して製造されていますが、果たして他のメーカーのカプセルでは同様の不溶化が発生しなかったのでしょうか?
結論から言えば、分かりません。起こっていなかった可能性もあれば、起こった上で、企業内で定められた手順に従って正式に対応、処理された可能性もあります。
先に述べたように、ゼラチンカプセルが架橋するかどうかは事前に予測するのが難しく、また、各社が公表していない製剤工夫もあるため、ゼラチンカプセルを使用しているからといって、必ずしも不溶化が起きるわけではないのです。ほかのメーカーでも不正をしていた、なんて報告はないので大丈夫だと信じていますが。

販売されているテプレノン50mgカプセル一覧



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?