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Blog goes on(種子島での極短いサーフトリップについて)



サーフィンを始めてやったのが、2018年の夏なんで、もう丸6年も前になる。
本格的に道具を揃えたのが、2019年なんで、歴は5年になるのだろうか。

全然上達しないまま、途中でコロナ禍や指の怪我を挟み、今年の夏が自分的に復帰1年目という気持ちになっている。

相変わらず、『下手くそオヤジサーファー』に違いないが、やっぱりサーフィン好きやなーと思う。
全然波に乗れなくても…。

今年、もう一度海に行ってみようと思ったのは、自分なりに理由がある。

地元駅から2駅ほど行った町に、堺の南の端には珍しくオーセンティックなBARがある。
ある土曜日の夜、ちょっと1人でお酒が飲みたくなって久しぶりにそのBARに行ってみた。

マスターとは顔見知りではないだけど、話をしてみるとマスターも昔、サーファーだったそうだった。
「ヘルニアになって、サーフィンはやめましてね」と。
しかし、話題は必然的にサーフィンのことになっていった。

会話の中で、「どうせなら、道中も海に入っている時も、全て楽しんでください。
と、マスターが言っていた。

あっ、そうか。

そういう風に考えたことなかったなと。


以下は、怪我する直前に種子島に行った時に書いた文章です。

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種子島での極短いサーフトリップについて 2022.09.25

この夏に屋久島に家族旅行で行った。
2010年に妻と金津君と3人で旅行して以来、12年振り。

相変わらず素晴らしい自然に癒されて、エネルギーをチャージして帰ることができた。
全世界がコロナ禍に見舞われて久しい。
飛行機に乗るのも、かなり久しぶりだった。

今回の旅行で、僕が密かに楽しみにしていたのは、旅行中に1日だけ日帰りで屋久島から種子島に高速船で渡るということだった。
しかも、家族はJAXAに見学に行くが、僕だけガイドを頼んで、島でサーフィンをするというオプションも付いていた。
いえーい。

ガイドを頼むに際して、島のサーフショップを検索したが、最初に出てきたのは「origin」。
そう。あの映画「Life on the Longboard 」の舞台になったサーフショップである。

故大杉漣さんが主役のこの映画は、早期退職をした冴えないサラリーマンが種子島に渡り、サーフィンを通じて人生に彩りを取り戻すという、言わば出来すぎた映画だ。
恥ずかしい話であるが、僕はアマプラでこの映画を2回観ている。
下手くそだけど頑張っている大杉漣さんに、後押しをしてもらいたかったという自己都合な理由なのだ。

まあ、キリがないので、種子島の話に戻る。

屋久島から高速船に乗る前、前が見えないくらいの豪雨だった。船出るんかな?というくらいの状況。
やっべーと思っていたが、着いた段階での種子島の天気はそこまで悪くはなかった。
しかし、レンタカーで、妻にoriginの前まで送ってもらった時には既に雨が降り始めていた。

店の前に停まっていた軽トラに乗っていた人に声かけてもらう。
その日、ガイドをしてもらうローカルサーファーの鎌倉さんだった。

焼けた肌に腰までありそうな長い髪の鎌倉さんは言う。
太平洋側の鉄浜(かねはま)海岸に行きましょう。

僕の極短いサーフトリップが始まった。

軽トラで15分も走ると海岸に着いた。
レンタルボードにワックスを塗り、海に入る。
空は暗い。小雨が降っている。

海に入って、20分くらい経っただろうか。
まだ1本もちゃんと乗れていないが、遠くで雷鳴が…。
あかんやん。
みんな、海から上がり始める。
鎌倉さんも僕も上がる。
雨がどんどん激しくなる。

さすがにちょっと移動しましょうか。と鎌倉さんが切り出し、
少し離れたところにある僕の倉庫に行きましょうか。
ということになった。

海から上がったそのままの格好で軽トラに乗り込み辿り着いたのは、
しばらく放置された海沿いカフェバーのような建物だった。
タオルを借りて、着替える。
土砂降りじゃなかったら、本当に気持ち良いところだろうなぁと。


やみそうもない雨と海を見ながら、これからついてポツポツ話す。
やっぱり今日は諦めましょうかと。

そして、話は変わり。

ここでライブとかやってたら気持ちいいでしょうねと僕が切り出したことをきっかけに、鎌倉さんがone star soundというレゲエのクルーの一員であることがわかった。

レゲエ好きなんですね?と言うと。
やっぱり島にはレゲエが合うんで」と。

レンタルボード代もガイド代も要らないというので、せめて昼ご飯でもと、西之表の定食屋に向かう。

飯食った後は、家族と合流するまで時間を潰せそうなファミレスまで送ってもらい別れた。

僕はその後、そのファミレスから今日あった出来事を思い返しながら、プラプラと西之表港まで歩いた。
もう雨は上がって、空が見えていた。
なんとも言えない感じにスッとした気持ちだった。

何が気持ち良かったのか?

「やっぱり島にはレゲエが合うんで」という言葉のシンプルない魅力なんだろうなと気づいたのは、大阪に帰ってからだった。

極短いサーフトリップは当初思い描いたところとは全く違うところに着地して終わった。

また種子島には行くことになると思う。

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