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アニメ文化とV文化

アイドルマスター15周年と言うことで、改めてアニメ・ゲーム・漫画とそこから派生したコンテンツの素晴らしさを実感した。と言うのも、初めて推し(厳密には担当)ができた作品であり、今日の私のオタク活動の根幹にあるコンテンツであるからだ。そんなアイドルマスターをはじめとするアニメ文化と現在推しているVアイドルやVの文化の違いを考えてみた。

1.アイドルマスターから見るアニメ文化

アイドルマスターとはアーケードゲームから派生したコンテンツであり、プレイヤーはプロデューサーとなり担当のアイドル達を育成していく。そこには多くのアイドル達が存在し1人1人のキャラクター性によって物語が紡がれていく。それはゲームでありアニメであり漫画であり声優によるLiveである。各コンテンツによって今日まで積み上げられてきた歴史が1人のキャラクターに集約されていき、物語にとてつもない厚みを持たせているのだろう。そんなキャラクター達は偶像であり様々な人の想いで創り上げられた虚像なのでは無いだろうか。そんなアニメの文化はとても尊ぶべき存在だと考えている。

2.Vの文化

Vつまりはvirtual。キズナアイから始まったVirtual YouTuber(以下Vチューバー)達の文化とはどんな物なのだろうか。Vチューバーとは端的に言えば、現実の自分とは違う容姿を使って活動しているYouTube配信者である。つまりこの文化の根幹はニコニコ動画やYouTubeで培われてきた配信者の文化にあると考える。つまりは、偶像ではあるがそこには確かに人格があり現実に存在する実像なのである。

3.Vアイドル

次にVアイドルの文化に触れたいと思う。ここでVチューバーとVアイドルを分けたのは、文化の根幹が違うと考えたからである。言うまでもなくVアイドルの根幹は現実に存在するアイドル文化である。アイドルという偶像をバーチャルと言う形で体現したものがVアイドルであり、こちらも実像だと言えるだろう。

4.VチューバーとVアイドル

先ずはVチューバーとVアイドルの違いを考えていこうと思う。結論から言うと、私はYouTuberがアイドルしているか、アイドルがYouTube活動しているかの違いに尽きると考えている。これは現実に活動している人達を想像してもらえると分かりやすい。YouTuberの人気は凄まじくそれこそアイドル的な人気を博しており、Liveを行う人も多いだろう。だがそれをアイドルと呼ぶ人はいない。あくまでYouTuberなのである。逆にアイドルがYouTube活動を行っているとしてもそれをYouTuberと呼ぶ人はいないだろう。それくらいの違いである。Vの例を出すとすると、Vチューバーは「キズナアイ」や「にじさんじ」等。Vアイドルは「えのぐ」や「GEMS COMPANY」等であろうか。

5.アニメ文化とVの文化

ここまで読んで頂ければ、この2つの文化の違いはもうわかっている事だろう。アニメ文化では創り上げられた虚像を、Vの文化では現実に存在する実像を我々は見ているのである。

先日行われた星井美希のSHOWROOM配信は衝撃的で素晴らしい物であったが、それは虚像の域を出てはいないだろう。限りなく実像に近づけられた虚像であった。私自身虚像であるはずの星井美希が実像であるかの様に感じたのだ。これは皆様も感じた事であろう。(ちなみにこの配信は後日アーカイブ化されるとの事なので、アイドルマスターチャンネルで公開されるのではないかと思う。)

対してVの文化は逆である。虚像に限りなく近づけられた実像なのだ。最たる例を出すとすると「言霊少女プロジェクト」だろう。アニメで出てくる少女達は現実にVチューバーとして存在しているのだ。

それぞれ2つの文化はアプローチが真逆なだけで到達する地点はほぼ同一なのだろう。だからVチューバーを虚像と見誤ったりする人も出てくるのでは無いだろうか。2つの文化の境界線が分からなくなった時、何が起こるのだろう。とても楽しみであり、少し怖さも感じてしまう。

6.余談

虚像を実像に近づける事と実像を虚像に近づける事の違いを説明をする際に例を出そうとしたが、辞めたものがある。それは漫画BLEACHに出てくる破面(アランカル)と仮面の軍勢(ヴァイザード)だ。察しのいい方はもうわかったと思うが説明すると、アランカルはホロウを死神化するのに対し、ヴァイザードは死神をホロウ化させるのである。アプローチは真逆ながら到達する地点は同じである。死神が実在するとしたら、アニメ文化はアランカル、Vの文化はヴァイザードと言うことになる。

我ながら良い例えではないだろうか。


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