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広大な空に夢のアーチを

今日、8/10は夏の甲子園開幕日だ。青い空と照りつける陽射しの下でサイレンが響き渡るのは、2年ぶりとなる。そして、その2年前、世界を取り巻く状況が今と大きく違っていたあの頃、今と変わらぬ広大な空に最高のアーチをかけた選手がいた。現阪神タイガースの井上広大(こうた)だ。

2019年夏の甲子園。井上の所属する履正社高校(大阪)は激闘を勝ち抜き、星稜高校(石川)との決勝戦を迎えていた。星稜高の投手は現東京ヤクルトの奥川恭伸。奥川は150km/hの速球とキレよく曲がるスライダーが武器の好投手である。実は、履正社高と星稜高は、同年春のセンバツでも対戦していた。その時は奥川が完封勝利を収めており、4番だった井上も4打席ノーヒット、2三振と完璧に封じ込められていた。状況を戻し、夏の決勝戦。星稜高に1点を先制されて迎えた3回表、2死ながらも2人の走者を置いて4番井上が打席に入った。優勝をかけた大一番、エースと4番のプライドがぶつかるこの勝負を制したのは、井上だった。奥川の武器であるスライダーを捉え、甲子園の左中間に大きな逆転スリーランを放ったのだ。この一打もあって、最終的に履正社高は初の甲子園優勝を果たした。

この活躍もあってプロからの評価を上げた井上は、19年のドラフト会議で見事阪神から2位指名を受け、プロの門を叩いた。この年の阪神は、若返りを図る方針もあって、高校生を多く指名。井上の他にも1位・西純矢(創志学園高)、3位・及川雅貴(横浜高)、4位・遠藤成(東海大相模高)、5位・藤田健斗(中京学院大中京高)と、いずれも甲子園出場経験のある高校生を獲得していた。中でも井上は長距離砲、具体的には将来の4番ともくされた。
1年目、井上は二軍でほぼ常に4番打者として起用された。元々大きな体つきをしているものの高卒1年目、二軍とはいえプロの投手相手にいきなり快音を連発することはできない。それでもチームの方針はブレず、井上を4番で使い続けた。平田勝男二軍監督を筆頭に、首脳陣は井上に4番としての心得を説き続けた。その結果、二軍では例年よりも少ない試合数ながら本塁打9本(リーグ2位)、打点36(リーグ3位)と上々の成績を残した。特に本塁打9本という数字は、広い球場が多く本塁打の出にくいウエスタンリーグ(ウ・リーグ)において、高卒ルーキーとしては最上級である。僕の知る限り、ウ・リーグで高卒1年目に2桁本塁打を放った選手は、存在しない。

このように1年目からロマンを見せていた井上は、10/14にプロ初昇格を果たし、即スタメンで起用された。相手投手は日本最高級の左腕投手、大野雄大(中日)であった。二軍では左腕を得意としてきた井上であったが、この試合では2三振含むノーヒットとプロのレベルを見せつけられた。次戦もスタメンで出場するが、ヒットを放つことはできず、7打席続けてノーヒット。そして迎えた10/16、本拠地・甲子園での試合。僕は偶然、この試合のチケットを持っていた。毎年年間10〜20試合程度は甲子園に見に行く僕は、日頃は球場に着けば特にどこにも寄ることなく真っ直ぐ中に入るのだが、この日は何かを思い、ショップで井上の応援タオル(通称・漢字タオル)を購入。残念ながら井上はスタメンを外れたが、阪神が優勢の展開となり、途中で井上に打席が回ってきた。僕は井上がこの打席でプロ初ヒットを放つと確信し、購入したばかりの漢字タオルを掲げて応援していた。果たして、乾いた打球音があの日と違う雨の降る夜空を切り裂いた。プロ初ヒット、初打点となる二塁打だった。
この日の試合後、甲子園のお立ち台で初々しさ満開に話していた井上が、最後は力強くこう宣言した。「阪神タイガースを日本一に導けるように頑張る」と。

2年目は、春季キャンプで一軍に抜擢された。残念ながらキャンプでは目立った結果は残せず、開幕は二軍で迎えたものの、打撃面は大山に、守備走塁面は近本にアドバイスを乞うなど、一軍の主力と過ごすことでレベルアップを図った。
しかし、いざ開幕すると、成績が伸びない。開幕から2ヶ月で本塁打こそ4本放ったが、打率は2割前後に低迷。打席の半分近くは三振を喫するなど、文字通り空回りの日々が続いた。それでも、守備面では、近本直伝の素早いチャージと正確な送球で補殺を連発するなど、チームに貢献する姿勢は見せ続けていた。すると、夏場になるにつれて調子が回復。6月時点では打率.219、本塁打5本だったのが、8/10時点では打率.264、本塁打は昨年に並ぶ9本まで上げてきた。井上に対してはなかなか褒めない平田二軍監督も、流石に褒めずにはいられなくなってきている。また、エキシビションマッチで一軍に呼ばれた際には、昨年から得意とする同学年で、今季既に9勝を挙げている宮城大弥(オリックス)から決勝点となるタイムリーを放つなど、着実にアピールしている。残念ながらこの時点では、大きく育てるというチーム方針もあって、一日のみの一軍合流となったが、確実に井上への期待は高まっている。

甲子園の上に広がる大きな空。2年前の夏、そこに大きなアーチをかけた井上が、今度は縦縞のユニフォームを着てアーチをかけることを、ファンは期待している。佐藤輝明、大山悠輔の2人のスラッガーと共にアーチをかけることを、ファンは夢見ている。井上が広大な空に夢のアーチを描く日々を、ファンは待っている。


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