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熱き湯浅の4アウトセーブ

負けたら終わりのCS1st第3戦の8回2死2塁、今日もこの男の名が告げられた。湯浅京己、23歳。今季急成長を見せ見事最優秀中継ぎのタイトルを制した背番号65の若武者は、僅か2日前に一軍での初セーブを記録したばかりの守護神である。その若き右腕に、今年1年のチームの全てが託された。

ここに来るまで、本当に色々あった。キャンプ前の矢野監督退任宣言、しかし蓋を開けてみれば開幕から9連敗、最大借金16……いや、そこから振り返ればキリがない。もう少し直近にしよう。シーズン最終盤に痛恨の4連敗を喫し、一時は消えかけたCSを逆転で掴んだ。初戦は完封勝ち、2戦目は完封負け、特に昨日は1点差を追いつくことができず重い空気だった。更に今日は2点先制をされてしまった。しかし、近づく「終わり」の中で、佐藤輝の本塁打から息を吹き返し、近本と原口で逆転し、それを浜地、岩貞、西純が必死のリレーで繋ぎ、近本や熊谷らが懸命に守ってきた。そしてそれら全てを載せて、リリーフカーは背番号65をマウンドへと運んだ。やるべきことは全てやった、あとはお前が打たれたら仕方がない──岩崎やケラーらを使うことなく湯浅に託した指揮官の思いは、おそらくこうだったはずだ。
2死2塁のピンチで迎えたのは、今季最多安打の3番佐野。1塁も空いている対戦だったが、自慢のストレートは今日も走っていた。見事インサイドで詰まらせ、ファーストゴロ。自らベースカバーに走って送球を受け取り、あっさりとピンチを凌いだ。あとアウト3つ。勝利は見えてきた。

DeNAサイドももちろんこのままでは終われない。勝ちパターンを全て注ぎこまれ、1点差のまま9回裏へ持ち込まれた。最後の攻撃は4番の牧から宮崎、ソト。一番恐ろしい打順だ。しかし、彼らを抑えなければ次はない。湯浅はこの回も当然マウンドに上がった。
湯浅は物怖じしない投手だ。この場面でも、臆することなく武器の速球とフォークを投げ込んでいく。しかし、対する牧も素晴らしい打者で、その全てに対応した。気合いと気合いの勝負は、牧が速球を弾き返して勝利した。これにはさすがに動揺したか、湯浅は続く宮崎に対して大きく外れた球で2ボールとしてしまう。青い声援が球場を、湯浅を飲み込もうとしていた。

このピンチを、捕手の梅野が救いに来た。梅野は、背の高い湯浅を見上げながら一声二声かけ、そしてプレッシャーののしかかった湯浅の右肩を優しく揉んだ。湯浅は息を吹き返した。しぶとい巧打者宮崎を鋭いフォークで空振り三振。さあ、これであと2つだ。続く打者は、CSで絶好調のソト。バッテリーは警戒し、厳しく攻めるも好調のソトは手を出さない。結果歩かせてしまい、一死1・2塁。ここでDeNAはさらに代打オースティンを繰り出し、プレッシャーをかける。勝負強いオースティンは、甘く入ったフォークをセンターに弾き返した。ランナーは代走が出ており、これで同点──いや、そうはならなかった。セカンドの小幡が懸命に飛び込み、あわやライナーかと判断した走者はスタートが遅れたのだ。その結果、3塁で止まり、満塁でとどまった。まだ勝負は終わっていない。それでも、もう後がない、最大のピンチを迎えた。

このピンチを救いに来たのは、矢野監督だった。普段はピンチでマウンドに向かうのは投手コーチであり、監督が直接向かうことは極めて珍しい。しかし、それほどの場面だ。湯浅が打たれれば、今季で退任を発表している矢野監督にとって、これが最後の仕事になる。そこで矢野監督は湯浅にこう言った。「楽しめ」と。4年間貫いてきた矢野野球を象徴する一言に、燃えないわけがなかった。
1死満塁で迎える打者は、代打の藤田。数々の修羅場を経験してきた大ベテランで、バットに当てる技術は高い。三振を奪うことが得意な湯浅でも難しい相手に、湯浅は何を投げるのか。選んだ球は……

打球は、前進守備のセカンドに飛んでいた。その球はホームへと渡り、そしてさらにファーストへと渡った。試合が終わった。湯浅は、チームを守ったのだ。最後に選んだ球は、自分を信じたど真ん中のストレートであった。最後は気力で勝ったのだ。打者の藤田も懸命に走り、40歳にして高校球児かのようなヘッドスライディングを見せた。こちらも、最後は気合いだった。どちらも最高の試合を見せてくれた。そして、このとき阪神ファンの僕が感じた勝利の喜びと興奮、また矢野野球を体現した選手たちへの感動は、今なお言葉にするのが難しい。しかし、まだセリーグすら制していない。次の舞台は、神宮球場だ。まだまだ矢野野球は、超変革は終わらない。

余談だが、実は、今日は試合前にある「奇跡」が起こっていた。ブルペンのリーダー格である岩貞祐太の指に、トンボが止まったのだ。トンボといえば、真っ直ぐ前にしか飛べないその性質から、後には引けない状況で挑む勝負事における縁起が良いとされる虫だ。そして、この試合は岩貞が登板してる間に逆転したのだ。湯浅もその縁起を引き継ぎ、後には引かないストレート勝負でチームに勝ちをもたらした。そして勝ち投手は、岩貞であった。勝利のトンボにも導かれていたかもしれない一戦であった。

全ての写真は、@aoibear_さんよりいただきました。ありがとうございます!

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