今日こそ、白星、掴み取る
昨夜は悪夢であった。3点リードの9回にまさかの2失策で逆転サヨナラ負け。勝ってカード勝ち越しを決めるはずが、まさかのタイに。今日こそは勝たないといけない試合だった。
阪神は序盤に2点を先制する。しかし、先発のガンケルも乱調。3回には2被弾するなど、4回を投げて5失点と打ち込まれた。昨夜の流れそのままに、今夜も真っ赤な球場が大盛況となっていた。
試合は中盤、5回。先頭の近本がヒットで出塁するも、その後2者続けて凡退。試合序盤から拙攻が目立っており、この回もそのまま終わるかと思われたところで、ロドリゲスが高めの変化球を強振。コースは外だったが、腕の長いロドリゲスは真芯で捉え、深い左中間のその奥へと叩き込む。これで1点差。ロハスも続けば同点だ──そんな誰もが思う願望を、これまで何度も裏切っていたロハスが現実にする。得意の膝元に入ってきたストレートを体の前で捉えると、打球は一直線で真っ赤なライトスタンドへ。少し前まで盛り上がっていた赤は静まり返った。今年ずっと足りなかったものが、埋まった気がした。
攻撃はここで終わらない。今季打撃不振に苦しんできた梅野がこの日3本目となるヒットを放つと、打席には代打・長坂が告げられる。
長坂は今季打率1割台。二軍でも毎年2割前半であり、お世辞にも打撃のいい選手とは言えない。首脳陣も、打撃に期待して送り出したわけではなく、この荒れた試合でなるべく後に使いそうな野手は温存しておきたかった、いわば消去法の起用であろう。しかし、ロハスに続きこの長坂までもが“いい意味での裏切り“を見せる。普段打席では淡白な姿が目立つ長坂だが、この日はしっかりと選球。追い込まれたあとも、落ちる球を頭に入れながら速球を対処し、タイミングを合わせていった。そして9球目、真ん中低めの速球を教科書通りにセンター前に弾き返す。とても1割打者とは思えない内容だった。結局後続が倒れ、勝ち越しとはならなかったが、明らかに今日は何かが違うという雰囲気を作り始めていた。
5回裏は島本がマウンドに上がる。元々はビハインドの想定で準備をしていたかもしれないが、一転して同点直後の大事な場面となり、更に対戦打者は4番からの好打順。それでも、1人走者を許したものの、しっかりと0で切り抜けた。つい先日3年ぶりの一軍マウンドに立ったばかりの小柄な左腕が、大きな仕事を成し遂げ、復帰後初ホールドを飾った。続く6回裏の加治屋も、右打者に滅法強いという特長を活かし、左打者には出塁を許したものの、右打者3人をしっかり抑えて無失点。
そして同点の7回は岩貞が登板。しかし、先頭の秋山にいきなり二塁打を浴びてしまう。無死2塁からマクブルーム、坂倉、西川と迎える絶体絶命の場面。なんとかマクブルームは打ち取るが、坂倉は歩かせて1死1・2塁で迎えるは好打者・西川。岩貞は必死に腕を振って投げ込んだ。果敢にインサイドへ突っ込み、150km/hも計測する力投。それでも西川はついてきた。弾き返された打球はセンターへと……抜けなかった。エリア33はこちらにも存在したのだ。セカンドを守る糸原が必死に飛び込んで打球を抑えると、グラブもすっぽ抜けるほど懸命にグラブトス。思いを受け取るかのようにベースカバーの中野が目一杯腕を伸ばし、送球を掴んだ。昨日掴めなかった白星を掴み取るかのように、懸命に掴んだ。一度はセーフとコールされたが、覆った。この守備に応えた岩貞は、しっかりと0で守りきった。日頃はあまり守備の上手くない糸原だが、やはり今日はいつもとは違うのだ。誰が見ても名手としか言えない最高のプレーを、最高の場面でやってのけたのだ。
そして、糸原の好守と岩貞の力投にすぐさま打線が応える。直後の8回、先頭の代打・陽川が死球で出塁すると、中野が送って、打席には絶好調の2番・島田。あまり左腕が得意ではない左打者だが、チェンジアップを空振りした直後、その球を意識しながらもインサイドの速球を上手く詰まらせ、左中間へと運ぶ。広島の8回を任された森浦からの、貴重な貴重な一打であった。さらに近本、佐藤輝も続き、大きな2得点を挙げた。
8回はいつも通り湯浅が抑え、9回にはケラーがマウンドに送られた。直近で登板過多の守護神・岩崎に代わっての登板だが、ケラーにはこのマウンドに苦い思い出がある。
それは開幕直後の3月。開幕戦でセーブに失敗したケラーは、今度こそ来日初セーブをかけてマツダスタジアムのマウンドに上がった。しかし、逆転サヨナラ負けを喫してしまい、それを最後にしばらく一軍マウンドから遠ざかった。そんな因縁の地で、奇しくも3度目の来日初セーブのチャンスが巡ってきた。対戦する打者はクリーンナップ。2点あるとはいえ昨夜のことを思えば全く油断できない展開で、ケラーは全く相手を寄せ付けなかった。見事三者凡退に抑え、来日初セーブ。その顔には、来日してから最高の笑顔が輝いていた。ずっと手にしたかったこの1セーブに、4ヶ月遅れながらも辿り着いてみせた。そして、チームとしても必ず勝ちたかったこの試合を、しっかりと勝ちへ導いてみせた。
日頃安定している先発投手が打たれても、日頃あまり打てていなかった選手が打ち、日頃あまり守りの得意でない選手が守り抜いた。全員で掴み取った今日の白星には、きっと1勝以上の価値がある。全員で戦う野球こそが、日々常々監督が口にしている「俺たちの野球」。今日はまさにそんな野球ができたのだから。