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なんで糸原がセカンドなんだよ

そう思ってる人、けっこういると思います。実際、確かに糸原のセカンドの守備は上手くない。せめて他のポジションなら…と思うことがあるのは事実でしょう。しかし、そんな糸原がなぜセカンドで使われるのか、その理由を紐解いていくと、阪神というチームの過去の問題点と現在の努力が見えてくるのです。

糸原入団当時の阪神の編成

まず、糸原が入団した当時の阪神の野手編成から大きな問題があります。上図の左が糸原の1年目(2017年)の阪神の年齢分布を表しています。参考として、右には今年(2022年)のものを用意しました。
2017年は、今年と比べて、明らかに年齢層が高いことがわかるでしょう。特に二遊間は鳥谷、西岡、上本、大和といった主力選手の高齢化が顕著になり、若手選手の台頭が強く望まれていました。この年は、ショートに限界が見えた鳥谷をサードへコンバートし、空いたショートには当時5年目23歳の有望株であった北條を据え、前年固まらなかったセカンドには上本を置いて迎えます。結果的に、鳥谷はこの年2000安打を達成し、上本はキャリアハイとなる9本塁打を放つなど活躍しますが、ショートは北條が序盤から打撃不振に陥るなど打率.210と苦しみ、代わりとして大和とともに糸原が起用されていくこととなります。今でこそショート糸原は驚きしかないと思いますが、もう一度当時の編成を振り返ると、他にショートといえば当時高卒3年目で二軍でなんとか打率2割だった植田、育成の西田、守備要員の森越くらいしかいなかったため、守りの大和・打撃の糸原で起用されるのも不思議ではなかったのです。

激変する内野手事情

2018年になると、前年の内野事情とはまた大きな変化が起こります。まず、糸原とともにショートで起用されていた大和がFA権を行使してDeNAに移籍し、代わりにドラフトで熊谷を、戦力外から山崎を獲得。さらには故障がちだった上本のバックアップも兼ねて鳥谷をセカンドへとコンバートし、前年ルーキーながら7本塁打をマークした大山をサードで固定する方針を示します。そして、大和の抜けたショートは糸原と北條で争うこととなり、結果的に打撃でアピールに成功した糸原をショートに据えて開幕を迎えます。
しかし、前年打率.293を残した鳥谷が不振、上本が前十字靭帯損傷の大怪我、西岡も打棒を取り戻せず、開幕からわずか一月ほどでセカンドがガラ空きになります。そこで白羽の矢が立ったのが、植田海です。植田はこの時点で前年より二軍での打撃成績を上げており、当時チーム最年少でありながら足という誰にも負けない武器を持っていました。そして、守備力を鑑みて、当時ショートだった糸原をセカンドに、そしてショートに植田を起用したのです。セカンド糸原の歴史はここから始まります。

糸原は希望だった

2018年、阪神は17年ぶりの最下位に沈みます。チームを支えてきた中堅・ベテランの成績は落ち込み、外国人は不発に終わり、故障者が続出し、期待された若手達が伸び悩む。そんなチームにあって、打撃開眼し正捕手を掴んだ梅野、怒涛のブーストで2桁本塁打を記録した大山と並んで、全試合に出場し打率.286、OPS.752を残した糸原は数少ない希望でした。ライバルの不振や故障などで生まれたチャンスを、糸原は打ち続けることでモノにしたのです。
また当時の阪神は、高齢化と経験の浅い野手が多く出場したこととが相まってチームUZRは-71.2という異次元の低さを叩き出しており、-2.4だった2021年と比べると守備力の低い選手ばかりで、糸原だけが目立つということはありませんでした。

多すぎる補強ポイント

最下位に沈んだこともあって、2018年当時の阪神は至るところが補強ポイントでした。ショートやセンターは即戦力が必須の惨状で、両翼も糸井と福留だったため高齢化が大きな懸念事項。ファーストも空いていたし、投手も先発・中継ぎともに足りていないとあって、目先の戦力を整えるのに精一杯な状況でした。なんとかこの年のドラフトで植田以来の高卒野手である小幡を獲得しますが、それでも全体的には即戦力を多く獲得せざるを得ませんでした。
その後も、高卒選手の異様な少なさ故に高卒ドラフトをせざるを得なかったり(2019ドラフト)、外野やショートの強化を優先しないといけなかったり(2020ドラフト)、市場が大きく投手に傾いていたり(2021ドラフト)と、仮にも通算でほぼ打率.280、OPS.700を超えているセカンドとしては及第点の打力を持つ糸原に速攻で置き換わるような選手を獲得できる状況には至りませんでした。
そして、チームの全体的な打力不足や高卒選手の育成にかかる時間なども相まって、糸原はいまだに2018年のチーム事情から入ったセカンドで出続けているのです。
しかし、糸原は成績自体は急降下したわけではないし、守備力も元々高かったわけではありません。それでも糸原に批判の目が多く向けられるようになったということは、それだけ阪神の数多く抱えていた弱点が解消されつつあるということでしょう。

糸原の役割

元々大卒社会人として、下位にあたる5位で入団した糸原に本来期待されていた役割は、「当時少なかった若手内野手の中でも即戦力で働き、なんとか次世代に繋ぐこと」だったはずです。この点において、糸原は十二分に役割を果たしていると言えます。問題なのは、当時あまりにも若手野手が少なかったこと当時のライバルが一気に抜けて他に頼れる選手がいなくなってしまったこと、そして他のポジションで問題が起きすぎたせいで次世代の育成に移るまでに時間を要したことです。言うなれば、リレーでバトンを繋ぐ先の選手が様々な問題で見つからず、本来100mでバトンを渡す予定だったのが延々と何百mも走らざるを得なくなっているイメージです。そして、糸原がまた絶妙に速くもないが遅くもないスピードで走るので、他の選手を走らせるよりは良いと判断されている、そんな感覚を抱いています。一応、若手選手がそろそろバトンを受ける準備が整い始める段階に来ていますし、さらには新たな走者を用意できる状況(ドラフト市場)も出来上がりつつあるので、ここから糸原がスピードアップしない限りは、バトンの受け渡し地点はそう遠くないと思っています。

まとめ

セカンド糸原が誕生し、そしてここまで数年にわたって続いているということは、阪神が抱えていた複数の問題点と糸原の努力や運が絡み合った結果だと思っています。セカンド糸原という存在とそれに向けられる評価というのは、ある意味阪神が金本→矢野体制で急速な立て直しをしてきた象徴ではないでしょうか。
最後になりますが、いかにも俊足巧打のような雰囲気を醸していながらも足は速くない、セカンドは上手くないけどサードなら結構上手い、可愛い顔をしていながらもオラオラ系、小柄ながらも力強いスイング、あとなんかよく分からない名誉キャプテンという称号、そんなギャップ要素をこれ以上ないくらい詰め込んだ糸原健斗というプロ野球選手、すごく面白くないですか?


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