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“捕手らしくない“捕手

前夜は疲弊する試合だった。9回2アウトから大山の同点ホームランで追いつきながらも、延長12回の激闘の末敗れた。チームはベンチ入り投手を全て使い切り、野手も1人を残すのみと、まさに総力戦。そこから15時間ほどで始まった今日の試合を、今季いまだにノーヒット、実に4年ぶりとなるスタメンマスクを被った長坂拳弥が勝利へと導いた。しかし、阪神に6年もいるこの長坂という選手のことを、よく知らない人も多いのではないだろうか。ただ、それは非常に勿体ない。こんなにキャラの立った選手は、正直言ってなかなかいない。

長坂は、矢野監督の後輩である。それも、高崎健康福祉大学高崎高(通称、健大高崎)から東北福祉大という、なんとも福祉に溢れた経歴だ。この時点で覚えやすいかもしれないが、加えて長坂は94年世代の1人でもある。阪神では藤浪や近本、大山などチームの看板選手が揃うようなあの世代。それなのになぜ、長坂はここまであまり目立ってこなかったのか。それは、同時代に梅野隆太郎、坂本誠志郎、原口文仁という粒ぞろいな捕手がいたためだ。彼らがいたことで、長坂は一軍に登録されることすらあまりなかった。経験がものをいう捕手というポジションは、なかなか壁を乗り越えることが難しいのだ。
ただし、少ないチャンスの中でも、長坂は見せ場を作ってきた。昨年まで通算15回の打席の中で4本が安打、さらにそのうち3本が長打でさらにさらに2本が本塁打、そしてそれもなんと年をまたいでの2打席連続本塁打とある意味誰もやったことがないような記録の持ち主なのである。しかし、長坂は打撃がいいとはお世辞にも言い難い選手。なぜなら彼は打つか打たないかというよりも、振ったところにボールが来るかどうかというような打撃をするからだ。昨日今日の試合を見ている人はわかるかもしれないが、「1、2の3!」でバットを3回振って終わる打席も彼にとっては珍しくない。「捕手は配球を読んで…」というような声もあるが、そんなことは彼には当てはまらない。とにかく思い切り振って帰ってくる。そしてそのスイングの綺麗さと当たった時に放たれる打球の凄まじさには、素晴らしい魅力がある。そう、なんとも“捕手らしくない“打撃スタイルである。
さらに長坂は、わりと目立ちたがり屋な部分がある。今日も初めてのヒーローインタビューで緊張しているのかと思いきや、「めちゃめちゃ痺れました!」を連呼するという、ひょうきんな面を見せた。そもそも以前からファン感謝デーなどで何度もお笑い芸人「ゴー☆ジャス」のネタを披露してきた男。大舞台でもネタに走ることができる度胸を持っている。「冷静」、「裏方」というイメージを持たれやすい捕手というポジションにあって、なかなかいないタイプだ。この点でも、あまり“捕手らしくない“かもしれない。
しかも長坂という選手は顔が良い。こんなことを書くと某コーチに怒られるかもしれないが、この男、本物の男前である。野球で唯一顔が隠れる捕手というポジションをやっているのが勿体なく感じるくらいにはカッコイイ。もしかしたら、今日一日でファンが激増したかもしれない。それくらい、カッコよくて面白い男だ。うーん、ますます捕手らしくない。

でも、長坂は“捕手らしさ“で初のお立ち台に立った。一軍経験もあまり豊富ではなく、ましてや今日は4年ぶりの一軍スタメン。浮き足立ってもおかしくないところだが、あまり組んだこともないウィルカーソンを巧みに操縦し、来日最高の7回無失点投球を引き出した。そして8回には巨人の代走の切り札・増田大輝の盗塁を見事に刺し、9回最後は満塁まで攻め立てられながらもしっかりと1点差で勝利へと導いた。さらには攻撃面でも、ヒットを放つことはできなかったが、2回無死1・3塁の場面でしっかりと成功率の高い一塁側へセーフティスクイズを転がした。攻守にわたる冷静な働きぶりは、まさに捕手だった。

これまで影にかくれがちだったが、それが勿体ないと感じるくらいには面白い長坂拳弥という選手。これからもっと目立ってほしい。阪神にはまだまだ、魅力のある選手が隠れている。

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