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勇気の一歩

代走、守備固めという役割は難しい。常に成功が求められ、一つの失敗が命取りになるポジションだからだ。そんな「成功して当たり前」の役割で生き抜くプロ5年目の内野手・熊谷敬宥が、今宵はヒーローになった。

熊谷の出番は、主に試合終盤にやってくる。今日は、2-2の同点で迎えた延長11回に名前を告げられた。どうにかして1点を取りたい中で、貴重な貴重な勝ち越しの走者として送り出された。
俊足の熊谷を代走として送ったからには、もちろん盗塁を期待する。しかし、今日はスタートを切りやすい場面ではなかった。マウンドに上がっていたのはスピードボールを投げる本田であり、バッテリーも明らかに盗塁を警戒し外中心の攻めを見せていた。しかも、阪神は前の回には勝ち越しの走者を犠打失敗で消す拙攻をしてしまっており、流石に2イニング連続で自ら走者を消してしまう訳にはいかなかった。それでも、熊谷は勇気の一歩を踏み出す。そして捕手から2塁へ送られた送球は、熊谷のヘルメットに当たって外野へ転がった。打者ロハスの長打を警戒し下がっていた外野手が球を返してくる前に、熊谷は一気にホームまで帰ってきた。喉から手が出るほど欲しかった勝ち越し点は、熊谷の勇気が生み出した。

殊勲のホームを踏んだ熊谷は、そのままサードの守備に入った。勝利まであとアウト三つ。しかし、守護神岩崎がオリックスの反撃を受け、二死一、三塁。勝負強さが売りの宗に対し、岩崎はスライダーを投げ込んだ。やや内側へと抜けてきたその球に、宗は詰まらされた。嫌な回転のかかった緩い打球が、サードを守る熊谷の前に飛ぶ。俊足の宗は全力で一塁へ走る。ここで熊谷は、またしても勇気の一歩を踏み出す。躊躇なく前進してグラブに収めると、難しい体勢から精確なスローで勝利を決めた。いつもは抑えても冷静な守護神が、珍しくガッツポーズを見せた。マスクを被り抜いた梅野が笑顔を見せた。熊谷の踏み出した勇気の一歩が、チームを今季初の5位へと押し上げたのだった。

今日の試合時間は、4時間19分。その中で熊谷が出場していた時間は20分程度だろうか。それでもヒーローになれるのが、野球の面白さの一つ。そして、その20分のために、試合の始まる何時間も前から、またいつ出番が訪れるか分からない試合中も準備を欠かさないその姿勢が素晴らしい。最後に一つ。三塁前の緩い打球を捌く練習は、熊谷が試合前の準備としてやっていたそうだ。


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