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俺たちが時代を変える

昼頃まで降り続いた雨も止み、整えられた黒土の上で試合は始まった。阪神vs巨人の首位攻防戦第2ラウンド、勝った方が首位の大事な一戦だ。阪神は先発に中8日で今季安定した投球を続けるジョー・ガンケルを投入。対する巨人は、今季既に阪神戦で4戦4勝を挙げている球界一の阪神キラー、髙橋優貴を中5日でマウンドに送った。ともにローテを組み替えての戦いに、このカードに懸ける意気込みが現れていた。

前日、3点差をひっくり返した勢いそのままに苦手髙橋を攻めたい阪神だったが、やはり虎キラー、簡単には打たせてくれない。試合は穏やかに、そして首位攻防戦らしい緊張感を含みながら進んでいった。試合が動いたのは4回だった。お互い先頭打者を出せないままだった展開を、巨人の3番吉川が切り開く。負けじとガンケルも2アウトを取るが、ここまで好投してきた髙橋の球を受け続けてきた捕手・大城が先制点を叩き出す。今季甲子園で一度も失点していない髙橋にとって、大きな1点がスコアボードに刻まれた。
だが、阪神打線もこのままやられるわけにはいかない。5回、大山が先頭打者として出塁すると、1アウト1塁で打席には8番捕手の梅野。次は投手の打順、もし梅野が繋げば、ここまで攻めあぐねていた髙橋を一気に攻略するため代打を出すか、まだ好投のガンケルを行かせるか…指揮官は頭を悩ませていたはずだが、その必要はなかった。インコース低めの球を捉えると、打球はレフトに突き刺さる逆転ツーラン。迷うことなく好投のガンケル続投も決断できる最高の結果だった。

でも、今の首位は巨人だ。昨日も逆転負け、そして今日も簡単に…とはならない。直後の6回、坂本がツーベースで出塁し、1アウトとなるが4番岡本が打席に向かう。ここまでの岡本は、1打席目にインハイを見せられ、それを意識した結果、打たされたセカンドゴロと3球三振に倒れていた。阪神は空いている塁を埋めることなく、岡本との勝負を選択。またしても初球にインハイを攻め、中途半端なスイングでファールを打たせカウントを稼ぐ。なおもインハイを見せるが、見送られてボール。続いて外に1球動かしてボールとなり、カウント2―1。ここでバッテリーの選択はインハイ。しかし、巨人軍の4番がそう何度も懐を突かれて黙っているわけはなかった。もう許さないと完璧に捉えた打球は一瞬でレフトスタンドに消えていった。4番が吼えた。再び巨人が1点のリードに変わった。

その後は両先発が踏ん張り、中継ぎにバトンが渡っても、得点は2―3で変わらず、8回を迎えた。巨人は8回のマウンドに中川を送った。この中川は、約4年間阪神相手に失点をしていない鉄壁のセットアッパーである。ただ、この日の中川は荒れていた。いきなり死球を与えると、1アウト満塁のピンチを招き、4番のマルテを迎えた。マルテといえば、勝負強く、巨人戦にも強く、何より選球眼のいい打者である。阪神ファンは同点、逆転を期待した。ところが、マルテの打球が飛んだ先はショート坂本の守備網の中。この時点で負けを覚悟した阪神ファンは多かっただろう。

阪神vs巨人といえば、伝統の一戦と呼ばれるほどの好カードだ。しかし、実態は巨人が大幅に勝ち越している。阪神は08年以降13年連続で巨人戦は勝ち越せておらず、過去に1位巨人2位阪神の並びは何度もあるのに、その逆は一度もない。シーズン終盤の8月、9月の巨人戦といえば、好き放題やられてばかりだったのが阪神という球団の歴史である。それ故に、今日勝てば首位というところで1点差の8回、大チャンスを逃した展開はファンの苦い記憶の数々を呼び起こしたに違いない。でも、今の阪神はかつてないほど若いチームであり、エネルギーが漲っている。監督が、コーチが、選手が、球団が新たな歴史を作ろうと奮闘しているチームだ。そしてその中心にいるのが野手キャプテンの大山悠輔、投手キャプテンの岩貞祐太、さらに名誉キャプテンの糸原健斗の3人である。巨人を倒し優勝するという新たな歴史を刻むには、必ず必要な選手たちなのだ。だが、そんな3人は、ここまで悔しい思いを胸に戦ってきたはずだと推察する。大山は打率.240近辺をさまよい、4番の座を降ろされた。岩貞は粘り負ける場面が目立ち、勝ちパターンから外された。糸原は打率を急降下させ、一時はスタメンから外された。それでも、チームは彼らを必要としていた。1点ビハインドの9回、投手キャプテン岩貞がマウンドに上がる。下位から上位に回る巨人の打順だったが、キレのあるストレートを投げ込み、3人で切って取った。次は名誉キャプテン糸原の出番だ。9回、先日外国人新記録となる32試合連続無失点を打ち立てた最速166km/hの守護神ビエイラに果敢に立ち向かい、2球で追い込まれながらも持ち前の粘りで打てる球を待ち続ける。そして8球目、しぶとく食らいつきレフト前に打球を運ぶ。続いて野手キャプテン大山が打席に入る。ここまで2試合連続でヒーローになっていた背番号3は、2球目のストレートを振り抜いた。乾いた音が甲子園に響き渡り、いつもは謙虚な男が右腕を突き上げた。完璧な逆転サヨナラツーランだった。シーズン終盤の巨人戦にいつもやられていた阪神の姿はどこにもなかった。

球団の歴史上一度もない黄金時代を築き上げようとするチームにおいて、中心選手と位置づけられながらも、なかなか思うような成績を残せていなかった岩貞、大山、糸原。しかし、そんな彼らの力で巨人を直接倒し、首位の座を奪い返した。必ず彼らが阪神タイガースを黄金時代に導いてくれるはずだ。

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