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湯浅京己の23球

1勝6敗1分で迎えた真夏のマツダスタジアム。試合は、阪神が序盤に3点を先制するもののすぐに2点を取り返され、早めの継投に入った広島リリーフ陣から1人のランナーも出せずに8回を迎えた。どこかで同点、逆転されるのではないか…見ている阪神ファンのほとんどが、そう思ったのではないだろうか。

“それ“は記憶に新しい。7月20日、今日と同じく西を立てて挑んだマツダでの広島戦で、阪神は早めの継投に踏み切りながらも相次ぐミスで流れを手放し、逆転負けを喫した。今日も先制後淡々とアウトを積み重ねる攻撃で、間違いなく流れを手放しかけていた。
8回にマウンドには、セットアッパーの湯浅が上がる。対するは俊足の1番、野間。自慢の速球であっさり追い込み、フォークを落とした。しかし、野間のバットに綺麗に引っかかった打球は、絶妙な速さで一二塁間の真ん中に転がって行った。それはまるで阪神にとって地獄への扉をこじ開けられるかのような打球だった。続く2番は菊池。揺さぶりをかけながら送った打球は、投手と一塁手の間に飛んだ。普通の投手なら、2塁は見ることもなく1塁に送るだろう。しかし湯浅のフィールディングは上手い。だからこそ体勢を切り返しながら即座に2塁へ送った。だが、遊撃手はその反応についてくることができない。リクエストも実らず、結果オールセーフとなる。ここで迎えるは秋山、マクブルーム、坂倉の強力クリーンナップ。もう完全に地獄への道ができていた。

そこに立ちはだかったのが、湯浅京己。普段は温和な表情を見せる右腕だが、中継に映るその顔は、鬼神が宿っていた。
まずは今季途中に広島に入団した経験値豊富な元メジャーリーガー・秋山に対し、初球から真っ直ぐで勝負する。秋山はバットを出すことができなかった。そして3球で追い込んだバッテリーは、ストレートとフォークの択を強いる。その気迫とスピードに、秋山は気圧された。最後はど真ん中だったが、差し込まれてレフトフライ。ランナーも動けない、狙い通りの打ち取り方だ。
続くは4番のマクブルーム。今季阪神に対し何度も手痛い一撃を浴びせてきた主砲だ。ここで捕手の梅野は冷静に動く。打者の狙いを察知し、4球連続でフォークを要求した。身を呈して止める梅野を信頼し、湯浅は全て低めに投げきり、追い込む。1球真っ直ぐを見せた後、決め球にはスライダーを選択。裏を書かれたマクブルームのバットは、空を切った。湯浅のスライダー、それは投球割合こそ低いものの、パワーカーブに近いスピンの効いた“ジョーカー“だ。ストレートにもフォークにもついてくる相手にここぞで切る、とっておきの球である。そのジョーカーを使い、ランナーを進ませることなく2アウトを取った。
しかし、真のボスは5番の坂倉である。この打者は、若くしてリーグを代表する強打者に成長した勝負強い選手。だがここまで来ると、もう阪神バッテリーの勢いは止められない。フォーク連投であっさり追い込むと、最後は力勝負。またしても真ん中に入ったが、気迫で空を切らせた。誰しもが終わりを覚悟したピンチを、22歳の若武者が断ち切った。

湯浅京己。これまで何度も故障を経験するなど、順風満帆とは程遠かった野球人生。それでも、今季は初の開幕一軍を掴み、今日までに積み重ねたホールドポイントは32。これはリーグトップの数字である。投げるたびにチームを救い、投げるたびに信頼を勝ち取り、投げるたびにタイトルに近づく。そう、今まさに、湯浅は己の京(みやこ)を築いている。

全ての写真はオムライスさん(@IE0I666I)よりご提供頂きました。素敵な写真をありがとうございます!

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