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脳はものの見方で変化する②

何かでネガティブな感情に襲われたときに、どの思い込みが期待通りにならなかったのかと自問することで心を落ち着かせることができる。このような状況の自己分析を行うと、自分でも気づいていなかった思い込みを発見することにつながる。そして思い込みの存在に気づけば、選択肢も手に入る
能動的に違いを探す事は、変化の原動力となる。経験の多様性は、脳を変える力となる。
新しい人や環境は、自分の思い込みに気づくきっかけになるだけでなく、新しい思い込みを使って私たちの可能性の空間を広げてくれるからだ。
外国で暮らすことで、それまで無意識だった自分の中の思い込みを自覚出来るようになる。
皮肉なことに、人は自分の思い込みが間違っていると言う証拠を見せられるほど、その思い込みに執着するようになる。(例:気候変動に関する議論)
なぜ?という質問をするだけで良い。そうすれば自分の国にいたままでも脳に変化を起こすことができる。大切なのは相反する状況に自分の身を置くと言うことだ。外国でカルチャーショックを受けるような状況を作り出し、慣れない環境で試行錯誤を繰り返せば、それが近くの歴史となって、未来の知覚を変えることになる。つまり、自分の精神の中で旅をするということだ。
想像上の経験でも、実際の経験でも、脳にとっては同じことだ。
読書は楽しいが、やはり1番効果があるのは自分で体験することだ。本物の試行錯誤こそが、脳の働きを最も活発にしてくれる。その時私たちはただ自分の思い込みを発見するだけでなく、新しい思い込みを創造することになる。
平均的な経験でできている人生ではなく、普通の外に出た人生を求めている。彼はそうすることで、脳の構造を変え自分にとって可能なことを書き換えている。
最高のテクノロジーとは、知覚していなかった思い込みに気づき、思い込みを変え、思い込みを拡大し、その結果として可能性の空間が変わるきっかけになる存在だ。最高のテクノロジーは見えないものを見えるものにしてくれる。

自分にとっての普通の定義を変える方法

・自分の行動は全て思い込みから生まれる反射であると謙虚に自覚する。
・新しい視点を獲得し、自分の思い込みを見つける
・矛盾を内包する世界と積極的に関わる事で、自分の思い込みが複雑にする
・楽な道を選ばない、全身で新しい世界に飛び込む

空港で職員に向かって怒鳴っている人。彼らがそこまで怒るのは、旅行につきものの不確実性がストレスになっていることが原因。人は怒っている時、自分は正しいと確信する。怒りはある意味で、不確実性から生まれる恐怖を和らげる薬になる。この感情によって不確実な状況ではないと錯覚することができる.
皮肉なことに、創造性があって知的な人ほど、怒りを抑えるのが難しくなる。彼らは因果関係のないところに意味のありそうなつながりを見つけることや、自分の間違った思い込みを裏付けるような議論を構築することが他の人よりも得意だからだ。
自分には手段があるとわかっていると、状況をコントロールしている気分になり不確実性を逃れたと感じることができる
不確実性を歓迎するエコロジーを自分の中にも外にも作らなければならない。
不確実なものを前にして不安になるのは、歓迎すべき状態だ。
昨日は楽しかった事でも今日は間違っていると言うのはよくあることだ。
人は衝突を起こすと、相手の意見を叩き潰して、自分の意見を通すことだけを考えるようになる。ここに建設的な要素は全くない。
衝突の中にこそ、その人の本当の人格が現れそして人格が創造されると言えるかもしれない。衝突の状況で考えられる選択肢の1つは無意識に反応することだが、このとっさの反応を止めなければならない。その反応を選ばない。
瞑想はある地点に行かないためのメカニズムだ。頭を空っぽにして役に立たない意味付けを断つ。瞑想には脳のストレス反応を抑えるだけでなく、思いやりの心を育てる効果もある。思いやりは他人の気持ちを想像するという意味で、純粋に創造的な作業だ。
2014年にハーバード大学で行われた研究によると、8週間にわたってマインドフルネスを実践した人は脳の灰白質が大きくなった。つまり瞑想は脳の発達の助けになるということが証明された。
ストレスの多い状況に置かれると大抵戦うかそれとも逃げるかと言う反応が優先され、創造性は影を潜めてしまう。だからとっさの反応を『ただ止める』と、脳内の反応も実際に変化する。ストレスホルモンのコルチゾールではなく、愛のホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌されるのだ。オキシトシンの効果で相手に思いやりを持ち、より寛大な気持ちになれば、相手の話をもっと創造的に聞くことができる。つまり、自分の脳内物質でより良い人生を作り出していると言うこと。
自由意志とは何々するではなく何々しないを選ぶこと
人は大抵の場合、過去において大きな意味を持っていた物事に意識を向ける。
何が見えるかは、何を見るかによって決まる
何を見るかによって自分と言う人間がわかるように、何を見ない間によって新しい自分を想像することができる

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