44日目(過信) otto 2020年7月22日 12:11 自分ならこうする、できる(はず)なのに、なぜしないんだ!という事に起因する怒り(説教)がこの令和時代、最も意味がなく、忌み嫌われる案件だと思います。別に多様化を突き出すわけではなく、なぜ「自分ができる事」をそこまで過信できるのか、それが全く理解できないからです。よく過去の成功体験は意味がないという話を聞きますが全くないとは思いません。「俺たちの頃は…」にはリスクヘッジ観点からも意味があることが含まれていて何でもかんでも過去の実情を捨て去る必要を感じません。がゆえに、その分量を見極める必要がある、という事です。こいつは「自分だったら論」をどれくらい言っているんだろうという…びっくりするくらい価値観がひっくり返って「その日暮らし」を強要されている人も多い中で、無意味、無価値なものに時間を費やす余裕はないんです。という事を、簡単な言葉でいうことはできないかなあ,あいつらに… #本日のヒットナンバー #Mamasgun この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? 記事をサポート