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圧倒的努力と格好悪くてもがむしゃらに働く

1年アッという間ですね〜。今年最後の投稿になってしまいました。

私の今年の目標というより、毎年恒例の目標として、

1.圧倒的な努力をする

2.かっこ悪くてもいいから、がむしゃらに働く

ということを毎年の目標にしています。

1番目の言葉は出版社 幻冬舎 代表の見城徹さんの言葉。

2番目の言葉は建築家 安藤忠雄さんの言葉。

私が特に尊敬している経営者のお二人です。

今年も後悔は多々ありましたが、この2つの目標は今年もクリアできたと思います。

ただ、ここで、とくに毎年注意していることがあります。それは、

“努力の方向性を間違わないこと”

です。

いくら圧倒的な努力をしても、がむしゃらに働いても、努力の方向性を間違っていたら、ただの自己満足だけに終わってしまい、肝心の努力の成果があまり出ずに終わってしまうからです。

私も数年前までは、努力の成果がついてこないことのほうが多かった。

人よりもこんなに努力して働いているのに、何で報われないんだ。と世の中の不公平さのせいにしていました。

そんなとき、この言葉に出会って、ハッと気づかされました。

その言葉とは、

努力が報われるのは、
”正しい場所で”
“正しい方向で”
“十分な量なされた努力”

という言葉。

この言葉は、”いつやるの?今でしょ!”で有名な林修さんの言葉です。

結論から先に言えば、努力をする前にしっかりじっくりと自分自身と向い合って考え抜いてから努力を始めましょうと。

自分に全く向いていない、人よりも極端に能力的に劣っていることを、憧れているから、なりたいからと言って努力をしても限界があると。

自分としっかりと向き合って、自分に向いている、少しでも得意としていることは何かを考えて考え抜いて、そこに集中して努力をすることが大切だと。

でも、私がそうだったんですが、特に若い頃って、自分に無いものにすごく憧れてしまうんですよね。自分に無いことに劣等感を感じてしまい、自分に無いものに対して努力を重ねるんですが、努力の成果があまり出ない。

自分が苦手なことを努力して追いかけても、良くて人並み程度にしかなれないのが現実なんですよね。例外もあるかもしれませんが。

それだったら、自分の苦手なことは、それが得意な人に任せたほうがずっと良い。私がそういう考えにいたるまでに長い年月がかかってしまいました。

でも、自分の能力の無さを知り、割り切ることができるようになってからは、自分が人より少しでも得意としていることに努力を集中してやるようになり、少なからず前よりは努力の成果が感じられるようになったと思います。

今年最後の投稿なのに、なんかヘンに熱い感じになってしまいましたが、やっと努力の成果が感じられるようになってきた今年一年だったということで、今年最後の投稿とさせていただきます。

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