親父が残してきたもの。

親父と過ごしてる時間がこんなに長いのは物心ついてから初めてなんじゃないかなと思うほど。

仕事の日は朝早くから夜遅くまでのイメージだったし、親父専用のテレビの前で過ごすことも多かったから、一緒の時間なんて無かったね。

釣りとか教えてもらったり。川の石の裏にいる変な虫みたいなの餌にして、川でフナとか鯉とか釣る。結局リリースするんだけど、お金かからずなんだかんだ楽しかった。友達とも盛んに河原に行ってたな。

今これだけ時間が出来て、何を話したら良いかわからないんだけど、それでもなんだかんだ話してるのは面白い。
調子が良ければ言ってることもまぁまぁ分かる。

僕はやっぱり生きた証とまでは言わないけど、生まれたからにはこの世にツメ跡みたいなの残したいと思ってる。どんなに小さくても、自分が作ったモノが死後も残るという意味を問いながら、常にその時の最良のモノを作っていたい。そんなこといつも考えてる。

じゃ親父は何を残したのかなと。間違いなく姉と僕は残した。それは明確だけど、もっと生きた証みたいなのないのかなって。
親父は自動車会社の工場勤務だった。だからとてつもない数のクルマの生産に関わった。毎日何台流れるのかはわからないけれど、勤続年数から考えればとてつもない。

定年から何年経ったのだろう。親父の定年のお祝いに、カーナビを買ってあげた。それが友達が勤めてたカー用品店だから、たぶん僕が23-4歳くらいかな。
もう20年近く昔の話になる。するとクルマの多くは日本に残ってないだろう。現役でいるとしたら海外。

日本の中古のクルマが海外で活躍する姿はよく聞く。ボロボロでも直しやすくタフ。だとしたら世界規模でかなりの数残っているのかも。

親父が生み出した、関わったクルマたちが世界中に走ってる。そう考えたら、僕はまだまだ追いつけないなと思った。規模が違う。

親父凄いじゃん。

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