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最近苦しい。

「ある日、父親が突然ぽっくりと逝った」なら、どんなに気が楽だろうと思う時がある。もちろん思いがけない出来事に心にぽっかり穴が空くという気持ちも生まれるだろうけれど、着実に死が近づく父を見続ける辛さはこんなにも苦痛なのか。

思い残すことは無いようにと「行きたいところはないか」「食べたいものはないか」と、多少無理してもどこへでも連れてってあげたい。その言葉には、何か思い出をつくりたい。と僕個人的な気持ちも強い。
ただ、そう提案したところで「家に居たい。家で過ごしたい。」と言う。また、近所のスーパーの寿司が食べたいとも言う。僕の思いとのギャップに、なんとも空回りする気持ちが苦しい。

「家で過ごしたい」その父の言葉の気持ちも分かる。穏やかに過ごすことが好きなのだろう。テレビを見て、好きな料理をして、作って食べる。でもね、そろそろそうした事も簡単には出来ない日も出てきてしまったみたい。

僕は父のことをあまり知らない。一緒に過ごした時間が少ないから。平日の帰りは19時くらいだったか。野球中継などを見ながら皆と違う部屋で過ごす。あとはとっとと寝てしまう。会話も少なかったかも。

そもそも父は無口な人間だと思っていた。家で会話するイメージが全くない。ところがどうだろう。入院先の病室で、家に帰宅療養している時も、ものすごく喋るのだ。本人はとても不器用な人なのだと思う。母が強い口調でコミュニケーションを取りがちだったから、自然と口数が減ったのかもしれない。

趣味は釣り。ソフトボールも会社の人とチームを作ってやっていた。それくらいしか、父のパーソナルデータは知らない。


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