日本医療のバグ

肺がんの父の見舞いに行くと病室にいない。聞けば肺炎を起こし高度医療室へ。ちょうど連絡先になってる姉に電話しているところだった。

「肺がんの人間が肺炎を起こすなんて苦しそうだね」とは駆けつけた姉の言葉。確かにと納得した。

どうやら癌治療の副作用からなのか、内臓の弱りからなのか不明ながら嘔吐があり、それが気管に入ったコトが原因のようだ。ここ最近たんが絡んでも自力で排除(むせるコトも)出来ない弱り方で、嘔吐についても見回りの看護師が見つけてくれたからだった。身体の異変にナースコールも押せなかった様子。

レントゲンを見れば片方の肺の気管が完全に押しつぶされている。これは癌の成長によるもの。肺の下半分が癌細胞で、上半分は喫煙によって機能しなくなっていた。
もう片方の上半分も同じく喫煙によって機能しなくなっていた。その下半分のエリアに肺炎による影が映っていた。

現在の肺の機能は、正常な成人で100とした場合、父の現状は40程度。かなり厳しい。食事は制限され点滴による栄養の投与となった。

もう気管に物が入ってもむせるコトが出来ない。もし大きめの痰が絡んだら窒息死の可能性がありうるとの診断。

色々と話を聞く中でしきりに「大変頑張られました」と繰り返す事で、その日がいつ来てもおかしくないのだろうと悟った。

母が経口での食事が危うくなって胃ろう手術を行ってから滑舌が悪くなり会話がなくなった。会話がなくなると意識もぼーっとしてきて、既に僕の顔を分かってない。栄養を送られベットに横たわる母を見て「父の延命措置は望まない」と僕は決めた。
姉は何から決めたか分からないけれど、結論は同じように「父の延命措置は望まない」と決めていた。

それは既に病院に伝えてはいるけれど、ここで再度家族の意思確認をされた。

この先に考えられるのは気道が詰まる事による窒息死。その場合の措置は人工気管によるもの。それが入る事で食事も会話もできなくなる。
通常の身体であれば回復も望める処置ではあるものの、現在の父の状態では望みにくいだろう。
苦しんでいる状況があれば眠らせるなどの対応も出来るが、それは医療行為の終了でもある。との旨を伝えられながら、ここでも「よく頑張られましたよ」と医師は付け加えた。

人工気管を付ければ「生きている状態」を保てる。付けなければ死を迎えるだけのこと。
これを拒むことで、僕ら姉弟は父の生死を選択してしまっているのではないだろうか。生物として「生きている」ことと、人として「生きている」ことは異なると僕は思う。

話すことも食事をする事も出来ない状態で回復をほぼ望むことも出来ずにただ死に向かう時間を伸ばすコトが父の為なのだろうか。
僕が僕を納得させるならばこのことだけである。

いよいよとなった家族に問う質問「本当に延命措置をしなくて良いですね」の答えは現代医療のバグではないか。

父にやり残したことは無いのだろうか。ベットの上で例え話せなくても、食事が出来なくても、父は生を望むのだろうか。父の死を事実上選択させるこの形式に悩ましさがある。

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