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昔ながらの引き戸


僕は引き戸。生まれは島根県の田舎町、性別は玄関、引いたときに「ガラガラ」と鳴る音がチャームポイント。

生まれて初めて聞いた言葉は「ただいまー!」

今じゃもう僕のような引き戸の玄関はほとんど見ない。


僕はある家族の住む家の玄関だった。

元気で活発な母ちゃんと、やんちゃなムスメがふたり。下の子はとくにおてんばで、いつもイタズラしては怒られていた。

理由は知らないが、父ちゃんはいなかった。


女手ひとつでふたりのムスメを育てていた母ちゃんは、早朝に仕事にいき、夜は遅くに帰ってくるような生活だった。

ムスメたちは学校がおわったら僕を乱暴に開け、玄関にランドセルを放り投げ、外へ遊びにいく。

夕方になると泥んこになって帰ってくる。まるで泥んこになるために遊びに行っているかのようだった。お風呂に入って母ちゃんの帰りを待つ。


ある時は、学校でイタズラして友達を泣かせて、母ちゃんにこっぴどく怒られたりもした。

夜中に外に締め出され、泣きながら玄関を叩き、そのたびに僕はたくさんのボディブローを食らった。

友達と遊びすぎて帰りが遅くなり、真夜中にそろ〜りと忍び足で玄関を開けるムスメたちを見て、何度「ガラガラ」と音を立ててやろうと思ったか分からない。


そんなムスメたちもやがてこの家から巣立つときが来た。高校を卒業したら「東京」というところに行くらしい。

卒業式の日、ふたりは母ちゃんに手紙を書いた。直接だとちょっと恥ずかしかったんだと思う。

そこには今まで育ててくれたことへの感謝が、あどけない字でびっしりと書かれていた。


きっと、寂しい夜もたくさんあっただろう。叱ってくれる父ちゃんと、家で帰りを待つ母ちゃんに、憧れた日もあったと思う。

キミたちが「ただいまー!」と元気よく帰ってきた先には、誰もいないガランとした光景があった。

やがて「ただいま」も言わなくなったよね。


それでも母ちゃんが帰ってきたら嬉しくて、寂しさも吹き飛んで笑ってたのを知ってる。

「母ちゃん、わたしは幸せだったよ」

最後の一文を読み終えた母ちゃんはボロボロと泣いていた。


母ちゃんも、ムスメたちも、よくがんばった!えらい!はなまる!

もう大丈夫。ちゃんとした大人だ。立派になったふたりが東京へ旅立っていく。

僕と母ちゃんは、それを優しく見守っていればよかった。ただ、それだけでよかった。


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