崩れていくいきもの

久しぶりに父と会った。今年で定年だという。なんだかんだで仕事人間なので、もう少し粘ると思っていた。今日だって仕事のためにはるばる東京に来ているわけだし。
上野駅で待ち合わせした父は、前よりいっそうだらしない体になって、後頭部は閑散としていた。でも色だけは白いから、シミだらけで、どろりとした腕が嫌に目立った。
大きくて、強い、とても敵わないと思っていた壁のような人が、古びてくたくたになっている。会わないうちに、予想以上に崩れていく体、ありありと「老後」が想像できて、怖かった。
父は私に家庭の色々な嵐を語った。そして話がひと段落するたび、「大変なんや」と繰り返した。かつての私の弱音など、「やかましい」で跳ね返した、あの人が、娘にこれだけ自分の弱味を語るなんて、信じられなかった。距離とは、時間とは、ここまで人から硬いところを削ぎ取るのか。

父と別れた夜、風呂に入る前に自分の体を見た。太った体だが、父のようにどろりとしてはいない。でも、同じように白い肌は私だけが受け継いだ。腕に無数に浮かび上がったシミは、私をも待ち受けて、今肌の奥で眠っている。

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