怒濤の1週間。
気づけば、検査入院から1週間が経っていた。生検のための入院は、当初3日の予定だったが、検査によって起こりうるリスクのひとつと聞かされていた「気胸」が起きてしまい、治癒の時間が必要となったのだ。
(※医療ミスではありません)
◉2月6日。検査のための入院。病室から検査棟まで、介助や車椅子が必要ですか?と尋ねられ、「大丈夫です。歩けます」と母。けれど、思いのほか遠かったのか、検査棟に着く頃にはもうぐったりとして、待合室のソファに横になってしまうほど。思いのほか、体力が失われている。母の体には、やはり大きな異変が起こっている、らしい。
◉2月7日。検査当日。不安だからいてほしいと言うので、打ち合わせなどの予定を変更していただき、一日中病院に。生検が終わって出てきた母は、まだ局所麻酔がきいていたのか痛みもなく、元気そう。「もう大丈夫だから。へぐらしするけん(天草弁で日が暮れるまで残業すること。転じて、遅くなるからという意味でも用いる)、早く帰りなさい」と言われ、帰宅。
◉2月8日朝、病院より電話。「お母様が気胸を起こして・・・」ん?まったく意味がつかめない。検査は難なく終わったんじゃなかったのか?よくよく聞くと、穿刺で肝臓の上部の細胞を取る際に、肺の下部にちいさな傷がつき、空気が漏れて胸腔にたまっているらしい。「昨日は小さな空気の塊だったので、自然と治癒する可能性もあるだろうと様子を見ていましたが、今朝レントゲンを撮ったら空気の部分が大きくなっていて。その治療が必要で」。とりあえず、病院へ向かう。ベッドの周りには、先生や看護師らが集まってなんだか物々しい雰囲気。気胸は痛みや息苦しさを伴うものと聞くのでハラハラしていたが、ベッドの上の母は意外にも、穏やかな表情を浮かべていた。幸い、痛みも息苦しさもないらしい。「空気を抜くために、ドレーン処置をしたいと思います」。同意書にサインをし、処置をしていただく。処置を終え、戻ってきた母の体は、管と機械につながれていたものの、傷口も痛みはないという。少し、ホッとした。
◉2月9日。朝、母からメールの返信が届く。
「痛みはぜんぜんないから助かってます。ただ寝返りできないのがはがゆいけど今日はお通じもありました。お腹の水もだいぶでたのでおなかの皮膚も少しだけどつまめるよ♡今日はレントゲンだそうです」
そっか。おなかの皮膚、つまめるか。母の喜びが伝わってきてうれしい一方で、腹水は抜けばまたたまるのだよなとか。抜くたびにたまるスピードは早くなり、抜く毎に体力は失われていくのだよな、という調べて知った情報が脳裏をよぎり、複雑な気持ちにもなった。
1週間後に控えたイベントのロケハンをしていると、娘からラインが届く。「今、ばあちゃんの病室にいます。妹も一緒。ばあちゃんベッドで寝ています。談話室で勉強します」。娘たちはテスト前。それでも祖母に寄り添いたいと病院へ行ってくれている、その気持ちをちょぴり嬉しく思う。
病院の夕食に間に合うように急いで病院へ。談話室にいた娘たちを連れて病室へ向かうと、ベッドの上の母の顔は、苦痛に歪んでいた。どうやら、ドレーンを埋め込んだ部分が、体を動かすたびに痛むらしい。座ることはおろか、寝返りもうてない状況で、夕食は2口で終了。本人にまだ自覚がないとはいえ、おそらく終末期であろう母が、感じなくてもよかったはずの苦痛を感じていることが、つらかった。
◉2月10日。娘が「ばあちゃんと写ってる写真、ない?」と言い出す。どうやら、母の携帯の待ち受けに設定してあげたいらしい。今日もまた、娘の成長を感じる。お母さん、優しい孫に育ってくれてるよ、ありがとう。
天草での仕事を終え、夕食に間に合う時間に病室へすべりこむ。ベッドの傍らの機械を見ると、空気とともにたくさんの腹水が出てきた。おなかの圧力の方が強いため、横隔膜にあいたあなから腹水が胸部へ移動し、ドレーンをつたって出てきたものだという。母には言わなかったけれど、その色を見て、がんせい腹水であるのだと実感した。病名はわからないが、母に残された時間はもう、長くないのかもしれない。
◉2月11日。テスト期間で帰りの早い娘たちは、毎日放課後に病室を訪ねてくれる。長女は「これならばあちゃんも食べられるかなと思って」と、お小遣いでミックスフルーツゼリーを買ってきてくれた。母の口元に運んであげると、つるんとしたのど越しと冷たい感触、甘酸っぱさが心地よかったのか、目を大きく見開いて「おいしい!」と言う。「ミカンと、桃。あとパイナップルも食べようかな」。せがまれるまま器に追加していたら、気づけば大きなゼリーの半分を食べていた。今日はいっぱい食べられたね、すごい!みんなで笑った。
◉2月12日。ドレーンの痛みはだいぶ感じなくなったようで、食欲も出てきた。今日も夕食時に女子が集う。この日のメニューはハンバーグ。久しぶりに、ごはんを食べたいという意欲が湧いたようで、ハンバーグはすべて完食し、茶目っ気たっぷりに「おいしかった」を表現する母。娘たちも、「ばあちゃん、元気になってよかったね!」とうれしそうである。
◉2月13日。「昨日、ハンバーグ食べすぎたみたい」と母。朝も昼も、食事を取れなかったらしい。夕食時に、少し食欲が回復したらしく「イカの煮付けが食べたいな」とつぶやく。えっ、このタイミングでイカってなに!? せめて消化のいいものチョイスしようよwと思わずつっこみ、ふたりで笑った。
そういえば、そろそろ検査結果が出る頃か?主治医を呼んでいただき、尋ねると「先日の生検で取った肝臓まわりの細胞から何も出ないんです」。一瞬、耳を疑った。気胸を起こして苦しんで、その上、結果が出ないって!? 感情を抑えつつ、もう一度尋ねてみる。
「横隔膜にあいてしまった穴から、腹水が胸部へ流れ込んでいて、それが肺を押しのけている空気と一緒に管を伝って出てきているのですが。その腹水を遠心分離機にかけて細胞を取り出し、検査に回しています。ただ、腹水の放出は減ってきているので、肺の部分の穴も自然とふさがりつつあると思われます。これがふさがれば、機械を外せるので、週明けには退院できそうです。一旦、腹水は空になっているので、以前よりは生活も楽だろうと思います」。
もう、混乱で言葉にならないけれど、結果を待つより他にない。腹水による圧迫が楽になっているというのは、せめてもの救いだ。