見出し画像
月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では4月号に掲載した「医療的ケア児への対応」を全文公開いたします(編集部)

田村文誉/日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック

医療的ケア児とは

医療的ケア児とは,生命維持,生活のために日常的に医療的ケアや医療機器を必要とする小児を意味します.具体的には,経管栄養や人工呼吸管理,痰の吸引,導尿などです.埼玉医科大学・田村正徳先生のグループの調査による最新のデータでは,19歳以下の医療的ケア児は2018年には全国で19,712人となり,経年的にほぼ直線的に増加しています.

医療的ケア児には重症心身障害児も多く含まれますが,近年の医療の高度化により,知的能力障害がないか,あっても軽度であったり,歩行が可能であったりする小児も増えています.身近に医療的ケア児がいないとイメージしづらいかもしれませんが,たとえば,“呼吸器疾患があるために気管切開をしており,喉にカニューレを入れている,そして嚥下障害のために口から食べられず,鼻からチューブを入れている子どもが歩いている”,そんなイメージです.

経管栄養が鼻チューブ(経鼻胃管)ではなく胃瘻であれば,そこは服の下に隠れているので,さらに外見からはよくわからなくなります.一見,元気そうに見えるのに,実はさまざまな医療的ケアがないと生命の維持が難しいといった状態です.

医療的ケア児に必要な歯科の支援・取り組み

医療的ケア児において,以前は行政上の措置を行うための定義がなく,さまざまな福祉サービスの利用が叶いませんでした.しかし現在では,2016年6月3日に公布・施行された法律(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律及び児童福祉法の一部を改正する法律)により,支援を受けることができるようになったのは大きな前進です.

これらの支援を受けるには手続きが必要です.小児においても,介護保険制度におけるケアマネージャーの役割を担う者として,総合支援法で「相談支援専門員」が位置づけられています.しかし,現状ではまだ多くの場合,母親をはじめとした保護者がその役割を担っている状況にあり,それは歯科医療へのアクセスにおいても同様です.

医療的ケア児を含め,在宅療養を余儀なくされている有病児,障害児においては,歯科医療を受診する時期が遅れてしまう傾向にあります.外見上,元気そうであっても,常に生命の危険性と隣り合わせであるため,全身的な健康管理が最重要課題となり,口腔の管理はどうしても後回しになります.その理由として,体中モニターに繋がれており外出が難しい,たとえ外出できたとしても,感染症に罹る可能性のある場所には行かせたくない,どこの歯科医院が診てくれるかわからない,などが挙げられます.

医療的ケア児の保護者からは,「口の中を一度も見たことがない」「歯の磨き方がわからない」「経管栄養で口から食べていないから歯磨きしなくていいですよね」といったことも多く聞かれ,口の発達に必要な外部からの適切な刺激が極端に不足していることも窺われます.その結果,多数歯う蝕や重度歯周病を発症してからの歯科受診となり,専門の歯科医療機関での診療体制が必要な事態となります.これがいままで繰り返されてきた問題です.

医療的ケア児に必要な歯科の支援・取り組みとは,地域のかかりつけ歯科医として,できるだけ早期にその子どもや家族と繋がり,口腔内が悪化する前から予防的に口腔健康管理を行い,良好な成長発達を促していくことと考えます.

図と図説

歯科が医療的ケア児を支える際の現在の課題

これまでの歯科医療では,高齢者への訪問歯科診療の充実が図られてきました.一方,在宅療養下にある小児への支援については,まだ緒に就いたばかりといえます.もちろん,高齢者のみならず小児に対しても訪問歯科診療を行っている地域の歯科医師は増えてきていますが,その数は高齢者に比べて圧倒的に少ないのが現状です.

外来診療だけで手いっぱいということもあるでしょうし,それまで小児,障害児の診療経験が少なかったり,訪問診療を行っていなかったりした場合,その先の一歩を踏み出すのはハードルが高いかもしれません.しかし,子どもたちの成長発達を,訪問を含めた在宅歯科診療で支えていくことは,やってみるととてもやりがいのある楽しい仕事になるかもしれません.

日本障害者歯科学会では,『小児在宅歯科医療の手引き』を作成しており,臨床のガイドとして利用できると思われます.全国の各地域でも,徐々に小児在宅歯科医療の取り組みが開始されています.東京都多摩地区では,2017年より地域の歯科医院と関連基幹病院の連携システム「たましょう歯ネット」の構築が進んでいます.また,2018年10月に発足した「小児在宅歯科医療研究会」は,2021年1月時点で全国から250名の歯科医師,歯科衛生士等が登録し,情報共有や研究会の活動を行っています.

地域の事情により取り組み方は異なると思います.地域の特性に合わせたシステムをつくり,医療的ケア児とその家族と“歯科”との絆を繋げていくこと,それが小児在宅歯科医療の役割ではないかと考えています.

参考文献
*1 中村知夫:医療的ケア児に対する小児在宅医療の現状と将来像.Organ Biology,27(1):21-30,2020.
*2 厚生労働省障害者政策総合研究「医療的ケア児に対する実態調査と医療・福祉・保健・教育等の連携に関する研究」平成 30 年度研究報告書,2018.
*3 髙井理人,大島昇平,中村光一,八若保孝:在宅人工呼吸器を使用する重症心身障害児に対する訪問歯科診療についての検討.小児歯誌,55(3):382-389,2017.
*4 日本障害者歯科学会診療ガイドライン作成委員会:小児在宅歯科医療の手引き.2019年10月
*5 小方清和,田村文誉,小坂美樹,横山雄士 編:子どもの歯科訪問診療実践ガイド.医歯薬出版,東京,2019.


関連リンク
月刊『日本歯科評論』4月号
※シエン社でのご購入はこちらから

月刊『日本歯科評論』のSNS
LINE公式アカウント FacebookInstagram Twitter


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?