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歯科診療における放射線安全管理

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では8月号に掲載した「歯科診療における放射線安全管理」を全文公開いたします(編集部)

田口 明/松本歯科大学歯学部 歯科放射線学講座 教授

はじめに

平成31年3月に発出された厚生労働省令第21号において,放射線診療を受ける者の医療被ばくの防護を目的として,医療機関における「診療用放射線に係る安全管理のための体制の確保に係る措置」を講ずることが規定され,令和2年4月より実施となった.これはエックス線装置等を備えるすべての病院・診療所に適用されるため,開業歯科医院も対象とされた.

本法令では診療用放射線の安全管理のための指針を策定すること,診療用放射線に係る安全管理のための職員研修の実施,放射線診療を受ける者への情報共有,さらに保有装置の医療被ばくの線量管理・記録を行うことが求められた.ただし,医科用CT 等の線量管理をすべき装置は開業歯科医院にはほぼないため,主には年に1回以上の診療用放射線に係る安全管理研修の実施が新たな必須項目となった.

法令改正の背景

診療用放射線の安全管理が何故求められるようになったのか? その理由として,わが国の医科用CT 等の放射線診断機器数ならびに患者1人当たりの放射線診療の件数および被ばく線量が世界各国と比較して高いことが挙げられる.
日本では年間当たり国民1人が受ける平均放射線量のうち,自然放射線量は世界の平均と変わらない.一方で国民1人が受ける平均医療被ばく線量は,世界平均の6.5倍である.この大半を占めるのは医科用CT によるものである.

2004 年の英国の医学雑誌『Lancet』では,エックス線診断被ばくを原因とする75歳までのがん患者の発生数が日本では年間7,587人と報告された*1.日本では医科用CT が他の国々より普及しているため,被ばくの頻度は高くなる.最新の台湾の大規模調査では,医科用CT 被ばくで甲状腺がんと白血病のリスクは上昇しており(2.5倍と1.5倍)*2,医科用CT を使用する際の注意喚起がなされている.

歯科におけるエックス線撮影による被ばく

年間当たり国民1人が受ける平均放射線量として医科用CT と比べると,日本での歯科撮影による線量は1/100である.胸部集団検診よりは2.3倍高く,核医学検査と同等である.医科用CT と比較すると少ないが,複数回歯科撮影をした患者の甲状腺がんおよび髄膜腫のリスクは,未撮影の人に比べて1.8倍および4.5倍増加すると最近のメタ解析で報告されている*3.

1990年初頭から報告されてきたことではあるが,生物学的メカニズムは明らかになってはいない.広島大学の最新の報告では,医科用CT によりDNA の二重鎖切断が初めて視覚的に確認されたが*4,人体ではその修復が起こる.その過程における誤修復が問題である.

放射線の人体への影響としては,ある線量を超えると必ず起こる組織反応(確定的影響)と低線量でもがんや遺伝的影響のリスクが上がる確率的影響があり,画像診断では後者が該当する.歯科撮影での低線量被ばくで確率的影響のリスクが上昇するかについては未だ明確ではないが,日常診療でエックス線を用いる歯科医師は,その危険性を念頭において常に知識を更新し患者に用いるべきである.


歯科用CT による被ばく影響

近年,歯科領域では歯科用CTが日本のみならず世界的に急速に普及している.軟組織の評価はできないが,医科用CT より被ばく線量が低く,空間分解能に優れているため,硬組織を扱う歯科診療では有用である.一方で,歯科用CT による被ばくの影響,特に発がんに関する報告が増えている.

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歯科用CT による被ばくと種々の悪性腫瘍の発生に関する台湾の報告では,女性の下顎を撮影した場合,30歳以下で急激に甲状腺がんの生涯発生寄与リスクが上昇した()*5.
英国からの最新の報告でも,30歳以下で年齢が低下するに従い,がんのリスクは上昇していた*6.子供はエックス線感受性が高く,また男児より女児のほうが約2倍感受性は高い.歯科診療において歯科用CT を多用する傾向にあるが,回数が多くなるに従い,がんの生涯発生寄与リスクは上昇する.

おわりに――正当化と最適化を踏まえて

利益が不利益を上回る場合だけ放射線検査を実施できるという「正当化」の概念のもと,エックス線を用いることは許される.また正当化が担保された場合,診断に必要十分な画質の範囲内で線量を最低限にするという「最適化」は維持されなければならない.上記英国の報告では,これらが十分になされた場合,がんのリスクは75%まで低下できると結論付けられている*6.

画像診断機器は急速に発展していくが,見ることも感じることもできないエックス線を扱う以上は,歯科医師は診療において十分に正当化と最適化の原則を順守しなければならない.

参考文献
*1  Berrington de González A , Darby S : Risk of cancer from diagnostic
X-rays.Lancet,363:345-351,2004.
*2   Shao YH , et al : Exposure to Tomographic Scans and Cancer Risks.JNCI Cancer Spectr . 14 : 4 ( 1 ):pkz072,2019.
*3   Memon A , et al : Dental X-Rays and the Risk of Thyroid Cancer and Meningioma: A Systematic Review and Meta - Analysis of Current Epidemiological Evidence . Thyroid ,29(11):1572-1593,2019.
*4 Sakane H,et al : Biological Effects of L o w - Dose Ches t CT on Chromosomal DNA . Radiology , 295(2):439-445,2020.
*5 Wu TH , et al : Predicting cancer risks  from  dental  computed tomography .J Dent Res , 94 ( 1 ):27-35,2015.
*6   Benn DK , Vig PS : Estimation of x-ray radiation related cancers in US dental offices: Is it worth the risk? .Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol,30:4568,2021.

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