司法試験令和6年刑法再現答案

設問1
第1 甲の罪責
1 Aの頭部を拳で殴り、Aの腹部を繰り返し蹴って肋骨骨折等の傷害(人の生理的機能の障害)を負わせているから「人の身体を傷害した」といえ、傷害罪(204条)が成立する(行為1)。
2 「本件財布」をAの手元に置かせて拾った行為(行為2)
(1)強盗罪(236条1項)が成立しないか。
(2)「脅迫」したといえるか。
強盗罪は暴行脅迫を手段としてその意に反して財物の占有を移転させることを本質とするから、強盗罪における「暴行脅迫」は反抗を抑圧するに足りるものでなければならない。
もっとも、すでに加害者の先行行為によって反抗抑圧状態にある被害者に対する「暴行脅迫」はかかる状態を維持継続させるので足ると解する。
確かに、甲は「持っているものを見せろ」とAに申し向けたに過ぎないが、行為1によってAは既に抵抗する気力を失っていたことから、反抗抑圧状態にあったということができる。そして上記甲の申し向けはかかる反抗抑圧状態を維持継続させるに足るものということがきできる。
したがって、「脅迫」したといえる。
(3)「強取した」といえるか。
甲は「脅迫」によって反抗抑圧状態となったAに「本件財布」を手元に置かせて、これを拾っている。すなわち、甲はAの意に反して「本件財布」の占有を自己に移しているから「強取した」というべきである。
(4)甲に上記行為について認識及び認容もあり、故意(38条1項)も認められる。
(5)領得罪の主観的超過要素である不法領得の意思は認められるか。
不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物として(ア権利者排除意思)、その経済的用法に従い利用処分(イ利用処分意思)する意思をいう。アは、不可罰的な使用窃盗との区別の必要から行為時の主観を問題にせざるを得ないことから必要とされる。
イは行為時において器物損壊罪との区別をし、利欲性ゆえに重罰が科される根拠として必要とされる。
本問では、甲はAの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりを探すために行為2に及んでおりイ利用処分意思が認められない。
また、Aの所持品を奪うつもりが無かったのであるから返還意思があったというべきでア権利者排除意思もない。
したがって不法領得の意思は認められない。
(6)よって行為2に強盗罪は成立しない。
3 「本件財布」を自分のポケットに入れた行為(行為3)
(1)強盗罪(236条1項)が成立しないか。
(2)「脅迫」したといえるか。
 甲が「本件財布」内の現金6万円を欲しくなったのはAを反抗抑圧した後である。反抗抑圧状態を生じさせた後の脅迫によって財物奪取した場合にも「脅迫」したといえるか。
上述のように、強盗罪の本質は反抗抑圧に足る暴行脅迫を手段として財物を奪うことにある。また、177条のような反抗抑圧状態を利用する規定も存在しない。
したがって、反抗抑圧後に財物奪取の意思を生じた場合にはあらたな反抗抑圧状態を生じさせる「脅迫」が必要であると解する。
もっとも、加害者の行為により既に反抗抑圧状態に被害者がある場合はかかる状態を維持継続する脅迫で足るというべきである。
上述のように、Aは既に行為1によって反抗抑圧状態にあり、「この財布はもらっておくよ」との甲の発言はかかる反抗抑圧状態を維持継続させるに足るものであるから「脅迫」といえる。
(3)「強取した」といえるか。
甲の「脅迫」によってAの反抗抑圧状態が維持された結果、抵抗する気力を失っていたAは何も答えられず、甲は「本件財布」をAの意に反して自己のズボンのポケットに入れて自己の占有を確保している。
したがって「強取した」といえる。
(4)甲は行為3について認識及び認容があり、故意が認められる(38条1項)。
(5)「本件財布」の中の現金6万円が欲しくなり(イ利用処分意思)、これを自分の物にしている(ア権利者排除意思)から不法領得の意思も認められる。
(6)よって、行為3について強盗罪(236条1項)が成立する。
4 罪数
行為1について①傷害罪(204条)、行為3について②強盗罪(236条1項)が成立し、①と②はAの身体の安全という同一法益に向けられた、時間的場所的に近接して甲によって行われた一連の行為であるから、軽い①は②に吸収され、②のみが甲の罪責となる。
第2 乙の罪責
1 4桁の数字を聞き出した行為(行為4)
(1)強盗罪(236条2項)が成立しないか。
(2)「前項の方法を用いて」すなわち「脅迫」したといえるか。
乙は、2人きりで人気のない夜の公園で殺傷能力が著しく高いバタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」とAに申し向けている。かかる言辞はAの反抗を抑圧するに足る「脅迫」ということができる。
そして、Aは拒否すれば殺されると思い、仕方なく4桁の数字を乙に答えており、「脅迫」によって反抗抑圧状態となった結果、意に反して答えいているから「前項の方法を用いて」ということができる。
(3)もっとも、乙がAからキャッシュカードの暗証番号を聞き出す行為(行為4)が財産犯における「財産上不法の利益」を得ようとする行為に当たるか。
1項強盗罪との平仄から、財物の移転と同視できる場合、すなわち、具体的な利益が現実に移転した場合に「財産上不法の利益」を得たということができると解する。
キャッシュカードを既に持参しているものがその暗証番号を入手することは預金口座から現金の払戻しを受ける地位という具体的な利益を取得することになる。
また、その反面、被害者は自らの預金口座から自らの預金を加害者に払い戻され得る不利益を受けることとなる。すなわち、利得と損失が表裏の関係にあるから財産的利益が現実に移転したといえる。
したがって、行為4は「財産上不法の利益」を得ようとする行為に当たる。
(4)もっとも、Aが乙に対して本件キャッシュカードの暗証番号と異なる4桁の数字を伝えたことで乙は上記具体的な利益を取得することができなかったのであるから「財産上不法の利益を得」たということはできない。
(5)乙には上記行為についての認識及び認容があるから故意(38条1項)も認められる(2項罪に不法領得の意思は不要)。
(6)よって、行為4について強盗罪の未遂(243条、236条2項)が成立する。
2 「ATM」に本件カードを挿入し、4桁の数字を入力した行為(行為5)
(1)窃盗罪の未遂(243条、235条)が成立しないか。
(2)乙がAから聞き出した数字は正しい暗証番号でなかったため、不能犯とならないか。
刑法の目的は法益の保護にあるから、法益に対する客観的危険性が認められるかを事後的かつ科学的に判断すべきである。
もっとも、未遂犯の処罰を前提とする43条等との抵触を避けるため、危険判断の基礎となる事実を抽象化する必要がある。
そこで、結果が発生し得たであろう仮定的事実の存在可能性の有無により危険性を判断すべきものと解する。
本問では、Aは暗がりでたまたま別のキャッシュカードと見間違ったに過ぎず、見間違うことなく正しい暗証番号を乙に伝えていた可能性は相当程度認められる。
乙が正しい暗証番号を知って行為5に及べばATMから現預金を「窃取」することができるということができ、法益に対する客観的危険性が事後的かつ科学的に認められるから不能犯とはならない。
(3)「実行に着手して」といえるか。
条文の規定から、構成要件に該当する行為乃至これに密接関連する行為がなされ(密接関連性)、未遂犯の処罰根拠に照らし、既遂に至る客観的危険性が認められることが必要であると解する。
上述(2)のように、既遂に至る客観的危険性は認められる。
また、キャッシュカードを挿入し、暗証番号を入力する行為は少なくとも預金を「窃取」するために不可欠な前提行為であるから「窃取」に密接関連する行為というべきである。
したがって「実行に着手して」といえる。
(4)乙は現預金を手に入れることができていないから、「これを遂げなかった」といえる。
(5)乙に上記行為について認識認容があり、故意(38条1項)が認められる。
(6)よって、行為5について窃盗罪の未遂(243条、235条)が成立する。
3 罪数
行為4に強盗罪の未遂(243条、236条2項)が成立し、行為5に窃盗罪の未遂(243条)が成立するが、乙の上記行為は当初よりAの預金奪取に向けられており、軽い行為5は重い行為4に吸収され、包括一罪となる。
設問2(1) 丙による暴行について正当防衛が成立すること
1 丙はCの顔面を拳で殴り(1回目殴打)、さらに同様の行為(2回目殴打)に及んでいるから、丙はCに対して不法な有形力の行使である「暴行」を加えているといえる。Cに傷害は生じていないから「傷害するに至らなかったとき」に当たる。丙に上記行為について認識認容もあるから故意に欠けるところもない。
したがって、丙の両行為はいずれも暴行罪(208条)の構成要件に該当する行為である。
2 正当防衛(36条1項)が成立しないか。
(1)「急迫不正の侵害」があるか。違法な法益侵害が現に存在するか間近に迫っていることをいうところ、1回目殴打、2回目殴打の際、ともにCが丙に殴りかかってきており、丙の身体の安全に対して違法な法益侵害が現に存在しているから「急迫不正の侵害」が認められる。
(2)「自己の権利」である身体の安全を「防衛するため」といえるか。
「防衛するため」の行為といえるためには、「ため」という文言から防衛の意思が必要であるがその意思内容は、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態で足る。
丙は1回目殴打行為及び2回目行為いずれにおいても身を守るために行為に及んでおり、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態にあり、「防衛するため」の行為といえる。
(3)「やむを得ずにした行為」といえるか。
防衛手段として必要最小限度のものであること、すなわち相当性を有するものであると解されるとこと、いずれの殴打行為においてもCが拳で殴りかかってきたことに対して同じ行為で対抗しており(武器対等)、かつ他に代わり得る手段も見当たらず、必要最小限度のものであること、すなわち相当性を有するものであるということができる。
(4)以上より、正当防衛が成立する(36条1項)ので丙の行為の違法性は阻却され、暴行罪は成立しない。
設問2(2)① 
1 丙による2回目殴打について丁に暴行罪の幇助犯(62条1項、208条)が成立するか。
2 幇助犯の処罰根拠は正犯を介して間接的に法益を侵害することにあり、幇助行為によって物理的または精神的に法益侵害結果を促進すれば足ると解する。
丙は丁の声掛けに対して発奮して2回目殴打行為に及んでおり丁の声掛けは精神的に丙による法益侵害結果を促進したといえる。
したがって、丁に暴行罪の幇助犯が成立し得る。
3 しかし、正犯者の丙において正当防衛が成立しているから、共犯者の丁にも正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。
上述の通り、幇助犯は正犯を介して法益侵害をする以上、正犯の行為に違法性が認められなければ幇助行為についても違法性は認められない。
すなわち、ア正犯者を基準として正当防衛の成立要件を判断し、イ違法性の判断は共犯者間で異なることはない。
本問でも、正犯者丙に正当防衛が成立する以上、丁にも正当防衛が成立し、違法性が阻却される。
4 よって、丁に暴行罪の幇助犯は成立しない。
設問2(2)②
1 甲に暴行罪の共同正犯(60条、208条)が成立するか。
2(1)甲は現実に暴行行為を行なっておらず、このような場合でも共同正犯が成立するか。共謀共同正犯の成否が問題となる。
共同正犯の処罰根拠は結果に対する因果性にあり、60条は「二人以上共同して」(その中の誰かが)「犯罪を実行した」と読むことができるから共謀共同正犯を肯定したとしても罪刑法定主義(憲法31条)には違反しない。
したがって共謀共同正犯も「共同」「正犯」(60条)に含まれる。
(2)共謀共同正犯の成立要件は①共謀と②これに基づく実行行為である。甲はCを痛めつける意図で「Cを殴れ」と丙にいい、これを聞いた丙(①共謀の成立)がこれに応じて1回目殴打行為に及んでおり、さらに2回目殴打に及んでいるから(①に基づく実行)、甲には暴行罪の共謀共同正犯が成立しうる。
3(1)丙に正当防衛(36条1項)が成立する以上、甲にも正当防衛が成立し違法性が阻却され、暴行罪の共同正犯が成立しないのではないか。
(2)共同正犯は「正犯」であるから、幇助犯と異なり、違法性は連帯せず、ア正犯者各人を基準に正当防衛の成立要件を判断する。
このため、イ違法性の判断は共犯者間で異なることがあると解する。
(3)「急迫不正の侵害」が認められるか。
刑法36条は急迫不正の侵害という緊急状況のもとで公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。
そこで、行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討し、36条の趣旨に照らして許容されるものとはいえない場合には、「急迫不正の侵害」の要件を充たさないものと解すべきである。
本問では、甲は資産家名簿の流出先がCであるとの噂を聞きつけ、Cに問い質したところ、「お前が無能で管理できていないだけだ」と罵倒されたことに激昂し、C方に出向き、直接対面して文句を言うことを決意している。
その際、甲は粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと予期している。
その上で、むしろその機会を利用してCを暴力にて痛めつけようと考えており、武器を携帯するが如く粗暴な性格の丙を同伴することを決めて、これを実行に移している。すなわち、侵害の予期をしたにとどまらず、積極的な加害意思すら持ってC方に出向いている。
そして、上記予期の通り、Cが丙に殴りかかったところ、丙は対抗行為に及んでいるが、これは甲が予期し、積極的に切望した事態であって自身を罵倒した怒りを動機としてCを痛めつけることに成功している。
かかる、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すると、甲にはCによる侵害行為を回避しないことに合理的な理由はないと言うべきで、防衛行為として正当化できるような緊急状況性にかけると言わざるを得ない。
したがって、36条の趣旨に照らして許容されるものとはいえない場合に当たるので、「急迫不正の侵害」の要件を充たさない。
4 よって、甲に正当防衛が成立せず、暴行罪の共同正犯(60条、208条)が成立する。

                 


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