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思い出ラーメン

冬の寒い夜、ラーメン屋に1人の客が入る。

店員「いらっしゃいませ!」

客1「おっ、気持ちのいい挨拶するねぇ、中は客で賑わってるし、こりゃ当たりの店に違いねぇな…

おーい大将!ここのおすすめはなんだい?

…おーい!おーい!…どうして無視すんだよ?

おーい大将!おすすめ教えてくれよ大将!

大将!大将!大将!大…」


店員「(客1に駆け寄る)すみませんお客さん。大将もう年でして、耳が遠いのとテレビの音で、声が聞こえないんですよ」


客1「なんだよ耳が悪いのか、だったら早く言ってくれよ兄ちゃん」


店員「(速く言う)大将もう年でして耳が遠いのとテレビの音で声が…」


客1「いや、そっちの『はやさ』を言ってるんじゃないんだよ。

なんだ兄ちゃん、おめえ天然かい?」


店員「お客さん、僕は天然じゃなくて店員ですよ!」


客1「おい、いかにも天然が言いそうなこと言ってるぞ兄ちゃん。

まぁそんなことはどうでもいいんだよ、俺はこの店のおすすめが知りてえんだ。

ここは何がおすすめなんだい?」


店員「すみませんお客さん、うちは『思い出ラーメン』しか出してないんですよ」


客1「思い出ラーメン?なんだいそりゃ?」


店員「大将が、昔食べて美味しかった、思い出のラーメンを再現したものなんです」


客1「なに?『昔食べて美味しかったラーメンを再現したもの』?ただのパクりもんじゃねえかそれ」


店員「いや、それがお客さん、不思議なことに、その味のラーメン屋がどこを探してもないんですよ」


客1「そんなもんどこで食ったか大将に聞きゃわかんだろ」


店員「もちろん聞きましたよ。そしたら大将『もう忘れてしまった』って。うちの大将も、もう年ですから、昔のことよく覚えてないみたいなんですよ」


客1「はーん、そうかい。まあうまけりゃ俺は何でもいいよ。兄ちゃん、その、思い出ラーメンってのを1つくれよ」


店員「思い出ラーメン1つですね、かしこまりました。お好みは?」


客1「ん?な、なんだい兄ちゃん、そのお好みっていうやつは?」


店員「あぁ、麺の固さとか味の濃さとかを好きなように変えられるんですよ。『麺固め、味濃いめ、油多め』って、こんな感じで注文するんですけど、知らないですか?」


客1「『麺固め、味濃いめ、油多め』…いやぁ聞いたことねぇけどなぁ。まぁ、要は俺の好きなようにできるってことだろ?」


店員「はい、そうです!」


客1「だったらねぇ、えーっと『麺柔らかめ、味薄め、職務質問少なめ』で」


店員「『麺柔らかめ、味薄め、職務質問少なめ』ですね?かしこまりました。(小声で繰り返す)麺柔らかめ、味薄め、職務質問…あれっ?今お客さん、最後なんて言いました?」


客1「職務質問少なめだよ」


店員「職務質問少なめ…ってなんですか…?」


客1「いや、俺はな、どういうわけか職務質問されることが多いんだよ。だからそれを減らしてくれってことだ」


店員「…あーあ!そういうことですね!かしこまりました。(大将のもとへ)大将!思い出ラーメン、『麺柔らかめ、味薄め、職務質問少なめ』一丁入りました!」


大将「あぁ?おまえ最後、なんて言った?」


店員「『職務質問少なめ』です。珍しい注文ですよね大将」


大将「おい、何を聞き間違えたらそうなるんだよ。もう一度お客さんに確認してこい」


店員「ちゃんと確認しましたよ大将!」


大将「そんな注文あるわけないだろ。いいから今すぐ確認しろ、この馬鹿たれ!」


店員「はい…(客席へ)すみませんお客さん、もう一度お好みを確認してもいいですか?」


客1「あぁ、そうかい。だったらちょうどいいや。気ぃ変わっちまったから、お好みを変えてもいいかい?」


店員「あ、変更ですね。かしこまりました」


客1「おう、それじゃあ、『麺柔らかめ、味薄め、通院少なめ』にしてくれ」


店員「はい、『麺柔らかめ、味薄め、通院少なめ』これで間違いないですね?」


客1「あぁ兄ちゃん、それで合ってるよ」


店員「かしこまりました…大将!さっきのお客さんがお好みを『麺柔らかめ、味薄め、通院少なめ』に変更されました!」


大将「あぁ?おまえ最後また、なんて言った?」


店員「『通院少なめ』です。珍しい注文ですよね大将」


大将「だから、一体何を聞き間違えたらそうなるんだよ。もう一度しっかり確認しろ」


店員「だからちゃんと確認しましたよ大将!」


大将「だからじゃないよ、そんな注文があるか!ちゃんと復唱して、きちんと確認してから戻ってこい。特に最後のところを」


店員「はいわかりました…すみません、お客さん」


客1「おい、その様子だと、また確認か…?実はな…俺もちょうど気ぃ変わっちまったんだよ!またお好み変えてもいいかい!?」


店員「はい!喜んで!」


客1「おう、それじゃあ、『麺柔らかめ、味薄め、迷惑電話少なめ』にしてくれ」


店員「『麺柔らかめ、味薄め、迷惑電話少なめ』、最後のところは『迷惑電話少なめ』で間違いないですね?」


客1「おう、それで間違いねえよ兄ちゃん」


店員「かしこまりました…あぁ危ない危ない、忘れるところでした。すみませんお客さん」


客1「ん?なんだい兄ちゃん?」


店員「お願いがあるんですけど、一緒に『迷惑電話少なめ』って復唱してもらってもいいですか?」


客1「おぉ、そんなの別にやってやるよ。復唱するくらいお安い御用よ」


店員「ありがとうございますお客さん!じゃあ、僕に続いてくださいね、いきますよ…迷惑電話少なめ!」


客1「迷惑電話少なめ!」


店員「迷惑電話少なめ!!」


客1「迷惑電話少なめ!!」


店員「迷惑電話少なめ!!!」


客1「迷惑電話少なめ!!!」


店員「お客さん、これでばっちりです!大将に伝えてきます!」


客1「はぁ…はぁ…はぁ…達者でなぁ」


店員「大将!」


大将「おい、おまえ、さっきのはなんだよ?耳の悪い俺でも聞こえたぞ」


店員「大将聞こえましたか!ちゃんと最後のところ復唱したんですよ!」


大将「誰があんなバカ騒ぎしろと言ったんだよ!それでおまえ、俺の聞き間違いかもしれねえが、あれは『迷惑電話少なめ』って言ってたのか…?」


店員「そうなんです!またお客さんがお好みを変えたんですよ。『麺柔らかめ、味薄め、迷惑電話少なめ』に変更です大将!」


大将「おいおい…そんな注文するバカが本当にいたとはなあ…一体どういう奴なんだよその客は」 


店員「ほら、あそこにいるじゃないですか。テーブル席に1人で座ってる方ですよ」


大将「あぁ…なんだか、息を荒げて挙動不審だし、顔色も悪いし、いかにも職務質問されて、通院していて、迷惑電話をかけられてそうな面してやがるなあ…(客1のもとへ)おーい、お客さん」


客1「おっ!大将!迷惑電話少なめにしてくれたかい?」


大将「悪いけどね、うちはそういうのやってないんだよ」


客1「でもよ大将、俺はあの兄ちゃんから好きなようにできるって聞いたぞ?」


大将「お客さん、好きなようにできると言っても、限度ってもんがあるだろ」


客1「じゃあなんだよ、できねぇんじゃねぇか、『嘘多め、真実少なめ、そんなの当たり前』ってことかよ」


大将「そんなお好みを言うときみたいに言われても困るよお客さん」


客1「困るよじゃねぇよ、困るのはこっち方だろ!もういい、あんたなんか『生活切り詰め、節約始め、パチンコ入り浸れ』!」


大将「そんなまた、お好みを言うときみたいに恨み節言わないでくれよお客さん」


客1「じゃあ大将、なんだったらできんだよ?『麺柔らかめ、味薄め、まばたき少なめ』とかならできんのかい?」


大将「まばたき少なめ?…こうかい…?」


客1「うーん、ちょっと多いなあ」


大将「お客さん…!『油多め』とか、できる範囲の注文を頼むよ!」


客1「じゃあもう『麺柔らかめ、味薄め、だと思え』で」


大将「だと思え…?思うだけでいいのかい。それならすぐ作るよ。(厨房に戻る)ふぅ…最初からそれを言えよまったく…(客1のもとへ)お客さん、お待たせしました!」


客1「おぉ…!(ラーメン食べる)あぁ!こりゃうめぇな…!(ラーメン食べる)」


大将「ふぅ…これでひと段落ついたよ…」


店員「大将!他のお客さんもお好みを変更されました!」


大将「あぁそうかい、ささっと教えてくれ」


店員「えーっと、まずカウンター席のあちらのお客さんから『麺固め、味濃いめ、夫の帰り少なめ』に変更で」


大将「…?お前最後また、なんて言った?」


店員「『夫の帰り少なめ』ですけど」


大将「おいおい…あの客とのやり取り聞いて、他の客も真似しだしたじゃないかよ。そもそも『夫の帰り少なめ』って、どうして俺が不倫の手伝いをしなくちゃいけないんだよ」


店員「次が『麺固め、味濃いめ、画鋲少なめ』です」


大将「元から入ってないよ、失礼な」


店員「次が『麺固め、味濃いめ、敷金礼金少なめ』です」


大将「そりゃ頼む相手が違うだろ」


店員「次が『麺固め、味濃いめ、大盛り少なめ』です」


大将「いったいどっちなんだよ」


店員「次が『コーナーキック多め、シュート多め、得点少なめ』です」


大将「そいつは日本のサッカーの特徴だよ」


店員「次が『悪人どもめ、悪人どもめ、悪人どもめ』です」


大将「なにかあったなら話くらい聞くよ」


店員「次が『麺固め、味濃いめ、返済額少なめ』です」


大将「だから、頼む相手が違うんだよ!」


店員「これでカウンター席は全部で、次がテーブル席のお客さんですね。まずあちらのお客さんが『ピザ生地厚め、それとも薄め、さっさとお決め』と『君のため、僕のため、真木よう子のため』です」


大将「もう注文ですらねぇじゃねぇか!」


店員「で、あちらのテーブル席の方が『麺固め、味濃いめ、刑罰軽め』『麺固め、味濃いめ、懲役短め』そして『麺固め、味濃いめ、執行猶予短め』です」


大将「おいおい、保釈中や執行猶予中の罪人ばかりじゃないかよ」


店員「あぁ!確かに言われてみれば、刑罰とか執行猶予って言ってますね」


大将「バカ!気付くのが遅いんだよ!」


店員「す、すみません大将!そ、それで、あちらのテーブルのお客さんが最後で、『麺固め、味濃いめ、罪悪感少なめ』と『麺固め、味濃いめ、ちょうだい金目』です」


大将「おいお前、これ、もしかすると、前科者もいるんじゃないか?『罪悪感少なめ』とか『ちょうだい金目』って、これ完全に、前科者の発想だろ」


店員「そんなことより、どれだけ注文溜めてるんですか大将!早く作ってくださいよ!」


大将「こんな注文のラーメン作れるか!おい、前科者ども…じゃなくてお客さんに『その注文はできません』とちゃんと言ってこい」


店員「わかりましたよ(客席に戻る)えーっと…前科者のお客さん!どこにいらっしゃいますかー?手を挙げていただけたら助かります!…あぁ、思ってたよりいっぱいいるなぁ…なんでこんなに来てるんだ?え?なんですかお客さん…え…?いやそんなまさか…」


大将「はぁ、忙しすぎるのも嫌なもんだよ」


店員「(大将のもとへ)大将!お客さんが変なこと言ってるんですよ!」


大将「今度はなんだよ」


店員「そ、それが、大将の思い出ラーメンが刑務所で食べたラーメンの味に似てるって、そういう噂を聞いてここに来たんですって」


大将「あぁっ…!!あぁ、思い出したよ…昔ムショで食ったラーメンがよ、涙が出るほどうまくてよ、俺はそれを再現して、『思い出ラーメン』って名付けたんだ…」


店員「刑務所のラーメン再現してたんですか大将!?だから同じ味のラーメン屋がどこにもないのか!え、それだったら大将、いったいなにして捕まったんですか!?」


大将「…いやぁ…思い出せないねえ」


店員「ちょっと僕、前科者のお客さんに捕まった理由聞いて、大将が何で捕まったのか、候補を絞ってきます!」


大将「どうして当てようとしてるんだよ」


店員「すみませんお客さん、捕まった理由を順に教えてもらえませんか?

あ、ありがとうございます。

はい、空き巣、食い逃げ、食い逃げ、食い逃げ…食い逃げ…食い逃げ、(少し嬉しく)空き巣!食い逃げ…食い逃げ…

…わかりました…(大将のもとへ)大将!大将大変です!」


大将「おい、まだ何かあるのかよ」


店員「大将、よく聞いてください。店が、今日で潰れます!」


大将「…いったいどういうことだよそれは!わけを言え」


店員「それがお客さんの捕まった理由が、ほぼ食い逃げでした!食い逃げする奴なんて一回捕まっても何回も繰り返しますから、まずいですよ!」


大将「食い逃げ…?何回も繰り返すだぁ…?…ああっ…!!思い出したよ…俺は食い逃げを繰り返して捕まったんだ…」


店員「大将~!ってことは、大将が昔食い逃げした分を今日食い逃げされちゃうってことじゃないですか!」


大将「はぁ、因果応報とはまさにこのことだよ…」


客1「おい!今の話全部聞いたぞ!俺は何も知らずにムショのラーメン食わされてたってことかよ!臭い飯食わされてたってことだろおい!俺のこと騙したのか大将!おい!何とか言えよ大将!」


大将「お客さん悪い、一杯食わしちまって」

小さい頃からお金をもらうことが好きでした