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コンビニ

これは本当の話なのですが、産まれる前に、たった1度だけ、母を通さずにコンビニに行ったことがありました。とても不思議な体験だったので、今でもはっきりと、ジャンヌダルクのセブンルールのように覚えています。

まだ産まれておらず形も一切出来上がっていない私は前世で先取りした好奇心から「母の胎内からどうやって脱出するのか」という問いに存在すらしていない脳を働かせていました。すると、世間に飽きられてしまったことを悟る豚汁のように、実在しない体が異変に気付き、どこからどうやっても積むことができない欠損だらけの積み木によく似た即席の脳が出来上がりました。この現象は、プラシーボ効果の延長のようなもので『ヴァレヴァナ効果』と呼ばれています。名前の由来は1847年にこれを発見したガンヴァレ・ヴァナントカナルから取ったと言われていますが、真実は定かではありません。もし自分が「名前の由来が間違っている」と主張する最後の人間であっても、ほんの少しだけしか恥ずかしいと思いません。ちなみに、この現象によって出来上がったものを『インスタント脳』と呼びます。海外では『children's treasure mix oil(おしっこ混ざりの石油)』とも呼ばれているそうです。今、皆さんが大事に収納している脳が出来上がるまでは、とりあえずインスタント脳を使ってこの問いに向き合うことにしました。

さて、今夜私が頂くのは、パワーサラダに、にんじんドレッシング、で、ここからは親しみの意味をこめてインスタント脳を"彼"と呼ぶことにします。この決まりに納得のいかない方は、いますぐハイエナに食べられてください。そして、胃液で溶かされるギリギリまで引き続きご覧ください。まだ産まれても存在もしてない自分は彼の誕生のきっかけを作った時点で役目を終え、思考作業を完全委託し、脱出劇の傍観者、ただの記録媒体となりました。

インスタント脳はパソコンの仮想環境のようなもので、必要がなければ削除することができます。仮想環境がなんのことだかわからない人はそっと手を下ろしてください。燻製中に消費期限が切れたアレだと思ってくれたら分かりやすいと思います。

私から脱出方法の思考義務を植え付けられた彼は自身のシステムに問題を発生させ、母の胎内から抜け出そうと考えました。いわゆる『生前バグ』です。そして彼は私に"彼を作成し、すぐに削除する"という工程を何億回も繰り返させることで、彼自身の処理能力に負荷をかけ、生前バグを引き起こし、私を連れて母の胎内から脱出することに成功しました。なお、ワザップに掲載されている生前バグの情報は全てガセネタです。もし実行してしまったら母親の胎内から出られなくなる可能性があるので注意してください。信じるか信じないかは天候次第です。

母の胎内から抜け出せた私たちは明るい長方形の建物、つまりコンビニの中に居ました。店員は突然現れた私たちを見てびっくりしながら「人間だとしたらかなり孤独な微生物の誕生の瞬間に立ち会いました!」と叫びました。すると、何やら聞き付けて奥からやってきた店長も「人間だとしたらかなり孤独な微生物の誕生の瞬間に立ち会いました!」と叫びました。そして、彼らは「人間だとしたらかなり孤独な微生物の誕生の瞬間に立ち会いました!」と交互に叫びながら阿波踊りをして店の外に出ていきました。すっからかんになったコンビニでは

「みんな~どうせならもっと派手に、時をかける少女みたいに飛び降りようぜ~」
「いいね~!じゃあ行くよ~せーの…!」
ぐちゃり
「その青春、間違っていませんか?やめよう、集団自殺」

という、むしろそっちの方が狙いなのかというくらい時をかける少女のイメージを悪くする集団自殺防止のCMが永久に流れています。

そんな中、彼は棚にあるフリスクを見つめ、しばらくした後「芸能人って、バカみたいにフリスク食べるよね」と言い残してその場から消えてなくなりました。彼は自分で自分を削除したのです。おそらく、母親の胎内から脱出するために削除された何億体もの彼の分身を、芸能人に消費され続けるフリスクに重ねてむなしくなってしまったのでしょう。もしこの解釈であっているなら、自分の目的のために彼を削除し続けた私が芸能人だということになりますが、こんな芸能人のなり方をしては【芸能界への裏口入学】という見出しで週刊誌に取り上げられてもおかしくありません。しかしその場合、私は名誉毀損でその週刊誌の出版社を訴えるでしょう。そして法廷では『あの娘ぼくがロープウェイ切ったらどんな顔するだろう』を歌ってやろうと思います。

私はまだ産まれてもいないのに、店内放送で"自殺"というワードを何回も聞かされ、少しずつ自分の中の何かが重くなり、早くこの場所から出ようと思いました。

生前バグによってコンビニの出入り口は、どこに出るのかわからない、壊れかけのどこでもドアに変わっていました。どこに出るのかを意図的に調節することを『座標指定』というのですが「座標指定、辛辣で草」と思い私はそれをせずにコンビニを出ました。一瞬だけ「"まる子と出会える街"に出られたらいいなあ」と思いましたが、いくら生前バグといっても、西田敏行さんの私有地に入るのはいかがなものかと思い、猛省しました。

するといつに間にか、私の身体は一般的な赤ん坊と同じくらいにまでなっていました。やはり人は反省して成長するものなのですね。

結局コンビニから、叶姉妹の家の中で最も細い廊下に出るということもなければ、香取慎吾、ケロッピー、aiboを連れたピコ太郎の銅像が立っている偽岡山駅の前に出るということもなく、奇跡的に母親の胎内に出ることができました。そこには、"作成し、すぐに削除する"という工程を私に何億回も繰り返されているインスタント脳の残像がまだ残っていました。私は「人間だとしたらかなり孤独な微生物の誕生の瞬間に立ち会いました!」と心の中でガッツポーズをして、阿波踊りをしながら正規のルートで母親の中から出ていきました。

その瞬間、"ブリブリブリ"という音が私の耳に入ってきたのです。私が居たのは、母親の胎内ではなく、肛門前の大腸だったのです。私は肛門から産まれたのです。

このことに気づけて本当によかったです。肛門からうんこが出る音を"ブリブリブリ"と表現した糸井重里さんには感謝しきれません。

小さい頃からお金をもらうことが好きでした