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あの音楽を聴きたくなる短編小説

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音楽から着想を得て書いたショートストーリーズ。あなたも聴きたくなってくれたら、とてもうれしい。
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あの音楽を聴きたくなる短編小説3

光について -Into The Light-  オレンジ色の外灯の下、胸に手を当てたビル・アシュレイは、長らく訪れることの無かったその店の、あの頃より少しだけ古びたドアの前に立っていた。  それは数年前のこと。ランチを共にした音楽好きの同僚が、サンドウィッチのツナをこぼしながら言った。
 「すげえシンガーを見つけたんだ。今晩ライブがあるんだけど、一緒に観に行かないか」  その週に大きめの商談を控えていたことあって、夜の、それも月曜日からの外出にあまり乗り気でなかった

あの音楽を聴きたくなる短編小説4

ドゥ・ユー・リメンバー・ミー? (トム・ウェイツに捧ぐ) -Do you remember me?-  重たい赤褐色のドアを押し開くと、開店直後の店内はまだ前日の淀んだ空気をはらんでいた。薄暗い照明、天井で回る大型ファンのめまいにも似た振動。ほこりをかぶったエアコンはハーモニカのような吹き出し口から、生ぬるく、ヤニ臭い息を吐き出している。  男は足を引きずるように店内へ入ると、カウンターの店員に一瞥をくれ、何を言うでもなくその前を通り過ぎ、入口から一番遠い角の席を今夜の

あの音楽が聴きたくなる短編小説5

甘いミルクと シナモンシュガー -Forget all- 「太陽が昇ったからと言って、ベッドから出なければならない法はない」  十九世紀の詩人オズワルド・ホーンズビーが自宅のトイレットペーパーに書き記した言葉だが、実際のところ彼はそのころ鉄道会社に勤めていて、週の半分は日の出とともに起き、十キロ先の仕事場まで重いワークブーツを引き摺りながら出勤していた。  時は流れて二十世紀半ばのある朝、モーテルの一室。ダニー・マクベインはベッドではなく、毛のまばらなカーペットの上でそ