ここが問題! 新しい水産資源の管理  第2章 資源管理の基本的な概念と用語

  第2章は、資源管理の基本的な概念と用語について説明します。資源の変動を分析するための計算は、基本的には全て年齢別の魚の尾数をもとに行います。さらに、尾数を重量に換算し、それらを年齢ごとに合計することによって、資源量、親魚量、漁獲量を計算します。

2.1 資源管理を実施するために必要となるデータ

 漁獲量に対して数量規制を行って資源管理を行うためには、漁獲してもよいとされる漁獲量の上限である漁獲可能量(total allowable catch, TAC、タックと読む)を決めなければなりませんが、そのTACを決定するために最低限必要となるデータを以下に示しました。

 簡単な数値例を用いて説明を行うために、年齢は0歳、1歳、2歳の3階級のみとします。太平洋クロマグロのように年齢が0歳から20歳に及ぶような魚の場合でも、同様の計算が可能です(第8章で計算例を示します)。

(1)年齢別漁獲尾数データ: 資源量を推定するために、20年間とか比較的長期間のデータが必要です。本書では、例として、2001年から2020年までの20年間の年齢別の漁獲尾数データが利用できる場合を想定して説明します。

(2)年齢別平均体重:尾数を重量に換算するために、年齢別の平均体重の情報が必要です。数値例では、0歳、1歳、2歳の平均体重を30g、100g、300gとして説明します。

(3)魚の寿命: 自然死亡係数(後述)を計算するために、魚の最高年齢(寿命)の情報が必要です。

(4)成熟率: 親魚量を計算する際に、何歳で何パーセントの魚が成熟しているかの情報が必要です。数値例では、分かりやすくするために、0歳魚の成熟率は0%、1歳魚と2歳魚の成熟率は100%として説明します。

2.2 水産資源の変動は2つのプロセスによって決まる

 水産資源の変動は2つのプロセスが繰り返されることによって決まります(図2-1)。1つは、新しく誕生した稚仔魚が、成長して親になり、寿命で死亡するまでのプロセスです。これを生残(せいざん)過程と言います。もう一つは、親が新たに子(卵)を産むというプロセスです。これを再生産関係と言います。以下で詳しく説明します。

図2-1 水産資源の変動を決定する2つのプロセス

2.2.1 生残過程は2つの死亡要因で決まる
 新しく生まれてきた0歳魚は親になるまでにその多くが死亡してしまい、親になるまで生き残る魚はごく僅かにすぎない、というのが通例です。まさに生き残るための熾烈な生存競争を勝ち抜いて、運よく生き残ったものだけが親となり、再生産に寄与することができるということです。この新しく生まれてきた子が親となり寿命を迎えるまでの過程を生残過程(せいざんかてい)といいます(図2-2)。


図2-2 加入してから、寿命で死亡するまでの生残過程.

 生残過程においては、漁獲がなくても、捕食などの自然的要因で魚の数は減少しますが、その自然的要因で減少していく速さを表すものが自然死亡係数(natural mortality coefficient)と呼ばれるものです。自然死亡係数は次の式(田内・田中の方法 [1])を用いて計算します。

  自然死亡係数 = 2.5 / 魚の寿命        (1)

この式は、「寿命が短い魚ほど、自然死亡係数は大きく、寿命が長い魚ほど、自然死亡係数は小さいはずである」という発想に基づいて導かれたものです。例えば、寿命が1年の魚の自然死亡係数は、式(1)から 2.5 になります。同様に、寿命が10年の魚の自然死亡係数は、式(1)から 0.25 になります。上式の2.5という数字は5種類の魚のデータを用いて導きだされたものです[1]。

 マサバ、ゴマサバ、マイワシなどは、寿命が6歳程度と考えられるので、上式を用いて、自然死亡係数は2.5÷6=0.417と計算されます。近似をして、切りのいい値0.4という値が、一般的に自然死亡係数として用いられています。

 自然界の中で魚が自然的要因で死んでいく速さを表す係数(自然死亡係数)を、こんな単純な式で計算できるのか、と疑問に思われた方がいるかも知れません。しかも、一般的にこの値は、年齢に関わらず、0歳も1歳も、5歳も6歳も全て同じ値であると仮定されていますし、時代による変化も考慮されず、1950年代も2000年代も全て同じ値であると仮定されています。

 例外的にクロマグロなどでは、若齢と高齢で異なる自然死亡係数を使用していますが、年代ごとに異なる自然死亡係数が使われている訳ではありません。多くの魚種は年代による区別も、年齢による区別もせず、同じ自然死亡係数の値を用いています。

 そんなこと「あるはずがない」と誰もが思うはずです。餌が潤沢にあり、魚にとって環境条件が好適な年(幸運な年)もあれば、餌の欠乏に苦しむ年環境条件が不適な年(不幸な年)もあるでしょう。魚が生活している海の中の環境も気候変動や環境改変等により年々大きく変動しているはずですから、自然死亡係数が年代によらずどの年一定などということは、まずあり得ないでしょう。

 また、0歳や1歳の若齢の魚の方が、5歳や6歳の魚より体の大きさも小さく、運動能力等も劣るので、他の魚に食べられてしまう可能性等は、はるかに高いはずです。自然死亡係数が年齢によらず全て同じなどということもありえないでしょう。

 もっとはっきり言ってしまえば、いろいろな要因が複雑に絡みあって決まっているであろう自然死亡係数の値を推定しようとすること自体にもともと無理がある、という言い方ができるかも知れません。

 しかし、そんなこと言っていたら、資源分析などとてもできないし、全くのお手上げ状態になってしいますから、ここはひとつ片目をつむって(妥協をして)、上の式で自然死亡係数が計算できることにして、また、年齢にも年代にも関係なく、自然死亡係数は一定という仮定を認めることにするわけです。

 この仮定は、実は資源量の推定結果等に大きな影響を与えるのですが、それについては、また、第3章で述べることにします。

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