ここが問題! 新しい水産資源の管理  第9章 秋田県のハタハタ資源の変動と管理

 第9章では、太平洋クロマグロの場合とアプローチの仕方は全く異なりますが、2つの幸運に恵まれ、資源変動に与える環境変動の影響と漁獲の影響を見事に分離して説明することに成功した、秋田県のハタハタ資源の分析例を紹介します。

 ハタハタは秋田県民が愛する秋田県を代表する魚です。また、ユネスコの世界文化遺産にも登録認定された秋田県男鹿半島の伝統行事「なまはげ」をもてなす料理の一品としても欠かせないものです。

9.1 秋田県のハタハタ資源について 

 ハタハタは毎年12月になるとわずか1-2週間ぐらいの間に産卵のために沿岸に大挙して回遊してきたところを漁獲されます。雷鳴とともにやってくることが多いので「雷魚」とも呼ばれます。

 ところが1960年代には2万トン近くあったハタハタの漁獲量は、1975年前後につるべ落としのように急減し、以後、壊滅的な状態になってしまいました(図9-1)。

図9-1 秋田県におけるハタハタの漁獲量の推移

 当時、なぜ、資源の急減が生じたのか、その原因について大論争が起こりました。その原因としては、乱獲が原因であるとする乱獲説と海洋環境の変動が原因であるとする環境要因説の2つの主張が激しく対立していました。しかし、どちらも決定的な証拠を示すことができず決着はつかないままでした。

 ちょうどそのころに、川崎健博士が提唱したレジームシフト理論 [1] が、世界的に注目され始めていました。

 既に説明したように、レジームシフト理論とは、地球規模で起こる気候変動の基軸(レジーム)が10年から20年程度を単位として大きく変化する(シフトする)というもので、それに伴って水産資源も大きく変動するというものです。

 図9-2 は、ヨーロッパマイワシ、チリマイワシ、カリフォルニアマイワシ、日本沿岸のマイワシの漁獲量変動を示したものです。また、下段には、北太平洋指数(NPI)と呼ばれる東経160°から西経140°、北緯30°から北緯65°の範囲の海面の気圧偏差の平均を示しています。

図9-2 レジームシフトとイワシ類の漁獲量の推移(川崎、1980 を改変)


 確かに、日本沿岸のマイワシもカリフォルニアのマイワシも、ヨーロッパのマイワシ、チリのマイワシも、時期を同じくして同様の大変動を繰り返していることがわかります。

 また、NPIが高い時のマイワシの漁獲量は低く、NPIが低い時にマイワシの漁獲量が高いという傾向があることがわかります。

 レジームシフト理論は秋田県のハタハタの資源論争にも大きな影響を及ぼし、秋田県のハタハタが激減した原因も、レジームシフトによるものである、という考え方が次第に大勢を占めるようになっていきました。

 一方で、秋田県ではハタハタ資源を回復させるために、1992年から3年間ハタハタ漁業の全面禁漁を実施していました。このような自主的な県下一斉の全面禁漁はとても珍しく、秋田県水産振興センターの杉山秀樹博士の指導力がなければ、とても達成できなかったと言ってもいいでしょう [2]。

 その後、禁漁が終了し、漁業が再開された1995年以降、ハタハタ資源は順調に回復していることが明らかになりました(図9-1)。

 しかし、レジームシフト論の信奉者は秋田県のハタハタ資源が回復したのは、レジームシフトの影響であって、禁漁などしなくても資源は増加していたはずだと主張しました。なぜなら、北海道などの他の海域(系群)のハタハタも、1990年以降、漁獲量が増大していたからです。

 資源が減ってもレジームシフト、資源が増えてもレジームシフトという訳です。はたして、本当のところはどうなのでしょうか? 以下で検討したいと思います。

9.2 ハタハタの生物学と漁業

 ハタハタが漁獲される年齢は1歳から3歳です(図9-3)[2]。普段は水深200-300mの砂地に潜って目だけ出しているような状態で生息しています。ハタハタが英語名ではサンド・フィッシュ(砂の魚)と言われる所以です。

図9-3 ハタハタの年齢別の体長(杉山、2013)

 成熟すると沿岸に産卵のため回遊してきます(図9-4)。成熟年齢はオスの方が早く、1歳から成熟し、雌は2歳から成熟します。

図9-4 ハタハタの成長と回遊(杉山、2013)


 成熟した雌はゴルフボールぐらいの大きさの卵塊を水深 5m 前後に生息するホンダワラ類などの海藻に産み付けます(図9-5)。産卵数は体長180mm の魚で1000個、体長240mm の魚で2000個程度です [2]。

図9-5 ハタハタの卵塊(杉山、2013)

 日本周辺の海域には北海道に6系群が知られており、秋田に産卵場をもつ日本海北部系群と、朝鮮半島に産卵場をもつ日本海西部系群の計8系群が知られています(図9-6)。

図9-6 ハタハタの系群とその産卵場(杉山、2013)

 漁業は沖合漁業と沿岸漁業があます。図9-7 に沖合漁業と沿岸漁業の漁場図を示しました。沖合では水深が200-300mの等深線に沿って形成される漁場において、かけ回しという漁法で漁獲します。沿岸では刺し網漁業と定置網漁業で漁獲します。

図9-7 ハタハタの漁場と産卵場(杉山、2013)

 図9-8 は秋田県の漁獲量と韓国の漁獲量の推移を示したものです。秋田県の漁獲量は日本海北部系群からの漁獲量を代表し、韓国の漁獲量は朝鮮半島に産卵場をもつ日本海西部系群からの漁獲量を代表していると考えられます。また、図9-8 にはレジームシフトも示してあります。

図9-8 秋田県と韓国のハタハタの漁獲量の推移

 図9-8 を見ると、非常に面白いことがわかります。1970年代中ごろまでは、秋田と韓国の漁獲量の推移が非常によく似ていたということです。しかし、それ以降、両者は全く異なった変動をしていることがわかります。

 また、韓国の漁獲量の推移はレジームシフトと非常によく対応して変動しています。すなわち、第1のレジームでは漁獲量は増加、第2のレジームでは漁獲量は減少、第3のレジームでは漁獲量は再び増加しますが、第4のレジームでは漁獲量は再び減少するというパターンを示しています。

 それに対して、秋田県の漁獲量変動は第1と第2のレジームとは、よく対応した増減を示していますが、その後は秋田県の漁獲量は壊滅状態となり、レジームシフトと全く一致していません。なぜ、このような相違が起こったのでしょうか?

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