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ここが問題! 新しい水産資源の管理  第1章 漁業法の改正はなぜ必要か

1.1 漁業法改正までの経緯

 2018年12月、第197回臨時国会において改正漁業法が可決成立しました。戦前の明治漁業法が全面改正され、現行の漁業法が制定されたのは1948年のことです。1963年に漁業法の一部改正はあったものの、今回のように全面的に漁業法の改正がおこなわれるのは、実に70年ぶりということになります。

 ではなぜ、今、漁業法の改正が必要だったのでしょうか? まず、最初にその背景について議論したいと思います。漁業法の改正が必要であった背景として、自民党行政改革推進本部・規制改革検討チームの提言(まえがき) を以下に引用します[2]。

1.1.1 日本の漁業の問題点 -規制改革検討チームの提言-
 以下は、自民党行政改革推進本部・規制改革検討チームの提言の前書き全文[1] を転記したものです 。

【規制改革検討チームの提言 まえがき】
 戦後、日本は「沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へ」をスローガンに、外延的に漁場を拡大し、世界一の漁業大国へと成長した。1970 年代から沿岸国が 200 カイリ水域を設定すると、海外漁場からの撤退が相次ぎ、漁業・養殖業生産量は、1984 年の 1,282万トンをピークに、2017 年の 430 万トンへと減少した。

 水産資源は減少し、1963 年には 62 万人だった漁業就業者は 2017 年には 15 万人まで減少、うち 65 歳以上が 38%を占めるに至るなど高齢者の割合も高く、漁村の限界集落化が進んでいる。

 世界に目を向けると多くの先進国で漁業が成長産業となっており、そのための重要なファクターが漁獲規制であるというのが世界の共通認識である。漁獲規制の取組に関して、我が国は出遅れている。国が漁獲枠を設定しているのはたったの 8 魚種にすぎない。また、他国のように客観的な資源回復水準も設定されておらず、最近の漁獲実績を大幅に上回る過剰な漁獲枠が慢性的に設定されている。

 新たな資源管理システムの構築により、わが国の漁業・水産業の成長産業化を目的として、昨年 12 月に 70 年ぶりに漁業法が改正された。行政改革推進本部における規制改革検討チームでは、改正漁業法の理念を迅速かつ着実に実現するため、漁業改革(水産資源管理)の議論・検討を重ね、水産庁、(独)水産研究・教育機構、米国および日本の学識有識者などからのヒアリングを踏まえて、以下の漁業改革(水産資源管理)に関する提言を取りまとめた。

 前書きに書かれた以上の内容を簡単に要約すると、
(1)日本の漁獲量がこの約30年間で大幅に減少したのは資源管理が不十分であることに原因がある。

(2)資源減少により、この50年間に漁業者数は62万人から4分の1以下の15万人まで激減し、65歳以上の高齢者の割合が38%を占めるなど高齢化が進み、漁村は限界集落化している。

(3)日本は資源管理が遅れており、先進国を見習って出口規制による科学的な資源管理を強化し、資源増大を図ることによって漁業を成長産業化すべきである。

ということになります。「果して、その主張は妥当なものと言えるのか?」という問題提起から、議論を始めることにします。 

1.2 世界の漁業の現状

 まず、最初に、世界の漁業の現状を概観しておきましょう。図1-1 は1960年から2016年までの世界の漁業生産量を示したものです[2]。漁船漁業(海面+内水面)による漁獲量は1960年代の約3,000万トンから1990年代におおよそ3倍の約9,000万トンまで増大していますが、その後はほぼ一定、もしくは漸減傾向にあります。

図1-1 世界の漁業生産量の推移(水産庁HPより)

 一方、漁船漁業が停滞するのと時を同じくして、1990年代以降、養殖(海面+内水面)による生産量が飛躍的な伸びを見せていることが分かります。養殖生産量の飛躍的な伸びをけん引しているのは中国です。全世界の養殖生産量の約60%(2016年)は中国の生産によるものです。

 図1-2 は2017年の世界の漁業生産量を海域別に見たものです[3] 。2017年の世界の漁船漁業による全漁業生産量は9,363万トンで、その約半分(49.5%)が太平洋で漁獲されています。日本は太平洋北西部に位置していますが、太平洋北西部の漁獲量は、全漁獲量の約5分の1(21.9%)に達し、大西洋の漁獲割合24.3%とも遜色がないほど、生産性が高い海域であることが分かります。

図1-2 海域別の世界の漁業生産量(水産庁HP)

 図1-3 は世界の主要な水産資源を、3つのカテゴリーに分けてその推移を示したものです[2] 。第1は適正または低・未利用状態の資源です。1974年には40%ほどの資源がこのカテゴリーにありましたが、2013年には10%程度まで減少しています。

図1-3 世界の主要な水産資源の利用状況(水産庁HP)

 第2は、満限利用状態の資源で、適正レベルの上限近くまで漁獲されており、これ以上は生産増大の余地がない資源です。1974年には約50%の資源がこのカテゴリーにありましたが、2013年には60%程度まで増加しています。

 最後は、過剰利用または枯渇状態の資源で、適正レベルを超えて漁獲されているか、既に枯渇している資源です。1974年には約10%の資源がこのカテゴリーにありましたが、2013年には30%程度まで増加しています。

 全体的に見ると、新たに開発が可能な資源は、たったの1割しかなく、全体の約9割の資源が既に持続的利用レベルにあるか、乱獲状態にあるということですから、これ以上の漁獲量の増大は難しいということになります。このことは、図1-1 に示したように、漁船漁業の生産量が1990年代で頭打ちとなっていることからもわかります。

1.3 日本の漁業の現状

 図1-4 は1965年から2016年までの日本の漁業生産量(養殖による生産量を含む)を示したものです[2] 。1965年から増大を続けていた漁業生産量も1980年代初めにピークを迎え、その後、減少に転じています。漁業生産量は1984年に最大の1,282万トンに達しますが、その後減少に転じ、2016年は436万トンまで減少しています。約40年余りで、漁業生産量は約3分の1に減少したことになります。

図1-4 日本の漁業生産量(養殖による生産量を含む)(水産庁HP)

 遠洋漁業の漁業生産量の減少は、1970年代に各沿岸国が設定した200海里漁業経済水域の影響によるものです。従って、少なくとも日本沿岸の漁業生産量の推移を議論するときには、当然、遠洋漁業の漁獲量は除いておく必要があります。

 また、沖合漁業が同じく1980年代後半から大きく減少に転じているのは、マイワシの漁獲量が大きく減少したことに強く影響されていることも忘れてはなりません。

 図1-5 は図1-4 と同じデータですが、マイワシの漁獲量とマイワシ以外の沖合+沿岸の漁獲量を別々に図示したものです。マイワシの漁獲量は1970年には2万トンに過ぎなかったものが、1988年には449万トンと最大に達しています。わずか19年間で一気に、224倍以上に増加したことになります。

図1-5 マイワシの漁獲量とマイワシ以外の沿岸と沖合の漁獲量

 しかし、また、減少するのも急で、18年後の2005年には最大漁獲量の約150分の1に相当する3万トンまで減少しています。その後しばらくは、低迷期が続きますが、最近は再び増大傾向を示しています(図にはありませんが2020年の漁獲量は69万5千トンまで増大しています)。

 このようにわずか40年たらずの間に、漁獲量が数トンから数百万トンまでジェット・コースターのように激しく上下するマイワシのような資源は、人間の力が遠く及ばない、「特殊なパワーを秘めた魚である」ということがわかると思います。

 図1-5 を見て、「1970年代になってマイワシの漁獲量が急増し、約224倍に達したのは、資源管理がうまくいったからであり、1980年代後半から、マイワシの漁獲量が急減したのは資源管理に失敗したからである」と思う人は、まずいないでしょう。

 上記の議論から、図1-5 の1980年代前後の沖合漁業の漁獲量の増減に、「特殊なパワーを秘めた魚」マイワシの漁獲量の増減が大きく影響していることが明らかになったと思います。日本の沿岸・沖合の漁獲量変動を議論するとき、このマイワシの漁獲量変動の取り扱いには、特に、注意しなければならないと言えるでしょう。

 上記を考慮して、マイワシ以外の沖合漁獲量と沿岸漁獲量の合計の変動を調べてみることにします。図1-5 の緑色で示した領域を見ると、1978年に最大の587万トンに達し、その後は減少を続け、2016年には、255万トンと半分以下(44%)に減少しています。

 確かに、日本の漁業生産量が減少していることは事実ですが、全漁獲量を見て「最大の漁獲量1282万トンから430万トンまで3分の1に減少した」と見なす場合と、マイワシを除く沿岸と沖合の漁獲量に着目し「最大の587万トンの漁獲量から255万トンに半減した」と見なす場合とでは、事実を認識するという意味から言うと、受けとる印象はずいぶんと異なるのではないでしょうか。このように何と何を比べるべきか、その相違にも十分に注意する必要があるでしょう。


1.4 EU、米国と日本の漁業の比較

 しかし、程度の差はあれ、日本の漁業生産量(遠洋漁業とマイワシ漁獲量を除く)がこの40年足らずの間に大幅に減少したことは事実です。果たしてそれは、資源管理の失敗によるものでしょうか? 

 図1-6 は日本とEU(28か国)、米国の漁獲量の推移を示したものです[2]。1980年中頃までは、日本、EU(28か国)、米国とも漁獲量は増大しています。しかし、1980年代中ごろ以降は、いずれも減少傾向を示しています。米国はその減少傾向が極めて小さいのに対し、日本とEU(28か国)は大幅な減少傾向を示しています。特に、日本の減少傾向が大きい。

図1-6 日本、EU(28ヶ国)、米国の漁獲量の推移(水産庁HP)

 しかし、日本周辺の漁業生産量の変動傾向を議論する際は、マイワシの漁獲量変動に注意する必要があることは、既に図1-5 で述べた通りです。なぜなら、人間が行う資源管理など、ほとんど無関係と思われるぐらい激しく変動する、未知の力を秘めたマイワシの漁獲量変動を除外しないと、かえって日本周辺の漁獲量変動の動向を見誤ってしまう可能性が高いからです。

 その点を考慮し、日本の漁業生産量からマイワシの漁獲量を除いて、日本、EU(28か国)、米国の漁獲量の推移を比較したものが、図1-7 になります。米国の漁獲量は1987年が最大で570万トン、2016年が544万トンですから、減少割合を年率になおすと0.49%の減となります。EU(28か国)の漁獲量は1988年が最大で981万トン、2016年が493万トンですから、年率1.56%の減となります。

図1-7 日本、EU(28ヶ国)、米国の漁獲量の推移
(日本の漁獲量からマイワシの漁獲量を除いた場合)

 日本の漁獲量(マイワシを除く沿岸と沖合の漁獲量)は1978年に最大の587万トンから、2016年の255万トンに減少ということですから、年率1.04%の減ということになります。

 米国は年率0.49%の減と減少率は低いのですが、統計的なテストを行うと、明らかな減少傾向があると判断されます。

 従って、上記3つのいずれの地域でも、漁獲量は1970年後半もしくは1980年中頃から減少していることになります。特に、EU(28か国)は年率1.56%の減ですから、日本よりも減少率は高いことになります。

 以上をまとめると、漁獲量の減少率はEU(28か国)、日本、米国の順に大きいことが分かりました。「資源管理に成功している」はずの先進国でも漁獲量が減少し続けていること、特に、EU(28か国)は日本よりも減少率が大きいという分析結果を見ると、「日本の資源管理はうまく機能しておらず、そのために漁獲量が減少している」とは必ずしも言えない、ということになるのではないでしょうか?

1.5 日本、EU、米国との産業別就業者の推移

 図1-8 は日本の産業別就業者の推移を示したものです[4]。上段の図は全就業者数に占める漁業就業者の割合の推移を示したものです。1953年が1.84%(72万人)であるのに対して、2019年はわずか0.22%(15万人)まで減少しています。

図1-8 日本の産業別就業者の推移(総務省統計局より)

 この傾向は、農業と林業についても同様で、1953年は全就業者に対する農林業就業者の割合が38%(1487万人)でしたが、2019年には3.08%(207万人)まで減少しています。

 図1-9 は就業者の産業別構成比を各国で比較したものです[5]。図1-9 をみると、日本の農林・水産業の従事者の比率は、米国、カナダ、イギリス、ドイツ、フランスと比較して、特別小さい訳ではありません。つまり、産業構造(産業別就業者の割合)は先進国間でそれほど変わらないということを図1-9 は示しています。

図1-9 就業者の産業別構成比((独)労働政策研究・研修機構、データブックより)


 図1-10 は65歳以上の男性の労働力率((労働人口/15歳以上人口)×100 )を国別に比較したものです[5]。図1-10 をみると、日本の65歳以上の男性の労働力率は欧米に比べるとかなり高いことが分かります。

 日本の65歳以上の男性の労働力率は1985年で38%、2016年で32%ですから、規制改革検討チームが言う「漁業者で65歳以上が占める割合は38%」という数字も、漁業者だけが特別に高いという訳ではなさそうです。零細漁業者などは、特に定年等というものがないので、一般的に65歳前後で定年を迎えるサラリーマン等と比較すると、漁業者で多少高齢者の割合が増える傾向があっても当然かもしれません。

図1-10 65歳以上の男性の労働力率((労働人口/15歳以上人口)× 100 )
((独)労働政策研究・研修機構、データブックより)

1.6 管理制度の相違
 漁業管理制度についても概観しておきましょう。漁業管理制度には大きく2つの制度あります。漁獲可能量(TAC)制度に代表されるような漁獲量を規制する、いわゆる「出口規制」と、漁船の規模や漁期、隻数等を規制する「入口規制」です。日本は後者の入口規制を主体とし、沿岸漁業においては漁業者間の漁業調整等を重視して管理を行ってきました。

 ところが、前述したように、海の憲法ともいうべき国連海洋法条約が1994年に発効したことから、日本でも1996年に同条約を批准し、「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律」を制定しました。

 この法律に基づいて1997年(平成9年)から、7魚種(1998年から8魚種)に対して漁獲可能量(TAC)に基づく資源管理制度を導入しました。すなわち、日本では従来の入口規制とTACに基づく出口規制の2本立てで、資源の管理を実施するという、ちょっと変わった体制で資源管理が行われ、今日に至っているというのが実情です。

 従って、規制改革検討チームの提言(まえがき)[1] にあるような「国が漁獲枠を設定しているのはたったの 8 魚種にすぎない」という記述を読むと、8 魚種以外の魚種については全く資源管理がなされていないように思われる方がいるかも知れませんが、そうではありません。日本では、ほぼ全ての魚種に対して入口規制が実施されており、そのうちの8魚種に対しては出口規制理も併用されている、という理解の仕方が正しいと思います。

 沿岸の資源管理に関しては長谷川彰博士が提唱された資源を保全しながら漁業経営の向上を図るという「資源管理型漁業」の考え方が広く定着しています[6]。

 それでは、外国の資源管理制度はどうなっているのでしょうか? EUや米国、その他の多くの国は出口規制を中心とする資源管理を行なっています。また、単に、漁獲量(TAC)を決めるだけではなく、TACを各漁業者に配分する個別割当(IQ)制度を導入したり、各漁船ごとに割り当てるIVQ制度などを実施しています。さらに、個人のIQを売買できる、譲渡可能個別割当(ITQ)制度を導入している国もあります。

 出口規制と入口規制のどちらの制度も一長一短があり、どちらかが良いとは一概に言えません。出口規制の代表であるTAC制度のメリットは、漁獲量という明確な数量で管理が実施できるので、資源状況に応じて来年のTACは10%削減する等々、迅速で細かい対応が可能です。

 それに対して、TAC制度のデメリットとしては、資源量推定値の精度がTAC設定に大きく影響するという問題があります。それについては第3章と10章で詳しく説明しますが、最近、資源管理の成功例としてよく引用される大西洋サバでもその問題が露呈しました。

 国際海洋探査協議会(ICES)と呼ばれる100年以上の伝統を持つ権威ある国際機関が提案した2019年の大西洋サバの漁獲可能量(TAC)32万トンに対して、ノルウエー、EU、フェロー諸島間で合意が成立せず、勧告の倍以上の65万トンのTACを自分たちで設定してしまうという事態も発生しています。[7] 

 2017年にICESが勧告した TACが86万トン、2018年が55万トンですから、3年連続でTACは減少しており、また、2019年のTACは2017年のTACと比較すると、64%減と言う大幅な減少になります。TACをしっかり守ってきたにも関わらず、資源は増大せず、TACの大幅な削減が繰り返される状況に、資源推定値も含めたICESの提案に対する漁業者の不信がピークに達したということでしょう。

 IQ制度を実施するためには漁業者がきちんとIQを守っているか、その監視をしっかりと行う必要があります。ニュージーランドもまた、資源管理に成功した国として、しばしば紹介される国ですが、そのニュージーランドにおいても、長年にわたり報告されている量の2倍以上のホキを漁獲していたことが明らかとなり、大問題になっています[8]。漁獲される魚の種類が少なく、漁港の数が限られているニュージーランドでさえ、そのような状況が起きています。漁獲される魚の種類が多数に及び、漁港の数は全国に3000近くもある日本でIQ制度を採用した場合には、その取り締まり(監視)方法等が、かなり大きな問題になるでしょう。

 さらに、ここ数年、日本沿岸の太平洋クロマグロの資源管理において、大きな混乱が生じたことも記憶に新しいところです。

 水産庁は資源の回復を図るため、2015年から太平洋クロマグロに対し、漁獲枠を設定し、出口規制を開始しました。しかし、予想をはるかに超える大量の太平洋クロマグロの小型魚が定置網で漁獲され、漁獲可能量(TAC)を超える恐れが濃厚となったため、2018年1月、水産庁は沿岸漁業者に対して、残りの漁期すべてに相当する5ケ月間にもわたる長期間の操業自粛要請を発出しました[9]。

 しかし、操業自粛といっても沿岸の定置網漁業等には、勝手にクロマグロが入網してしまいます。定置網漁業者にとっては、小型のクロマグロはあくまでも混獲魚であり、小型のクロマグロの水揚げ金額は、定置網漁業が本来対象としている魚種から得られる水揚金額のわずか数パーセント程度にしかなりません。そのわずか数パーセントにしかならない小型のクロマグロの漁獲を避けるために、本来漁獲対象としている魚を漁獲するための操業ができなくなってしまったわけですから、日本中の定置網漁業者は大混乱に陥りました。

 また、水産庁は配分枠を大幅に超過した北海道に対しては、第4管理期間(2018.7から2019.6)の北海道への配分枠を実質ゼロと決定しました。しかし、この決定に対して、自分達は配分枠を守っていたにもかかわらず、操業ができなくなってしまった北海道のマグロ漁業者達が、国と道を相手取って損害賠償の訴訟を起こすという事態にもなっています[10]。

 管理コストや精度の高い資源推定値を必要とするなど、管理そのものの難しさを考えると、出口規制よりも入口規制の方に軍配が上がるのではないかと私は思いますが、それでは、なぜ、諸外国で、入口規制ではなく、出口規制を実施しているのでしょうか。その理由は、ただ単に諸外国では有効な入口規制が実施された歴史がなかったから、ということに過ぎません[11-13]。

 例えば、アラスカ沖のオヒョウ漁業などは、TAC制を導入した結果、漁船の大型化等の過剰投資が起こり、10ケ月近くあった操業期間が、わずか1ヶ月程度と極端に短くなってしまった例などが有名です[14]。もし、漁船規模に対する規制があれば、そのような事態を招くことはなかったはずです。

 しかし、結果的に有効な入口規制の実施ができなかったので、出口規制の方に進まざるを得なかったというのが実情で、出口規制の方が優れているから、出口規制を実施したという訳ではありません。事実、出口規制でうまく資源管理が実施できているのかというと、決してそうではないことからも、そのことが分かります。次節で少し詳しく見てみることにしましよう。

1.7 EUの資源管理の実態

 表1-1 はEUのMSYの定義に従って、日本の資源評価を行った場合に、どのような結果になるかを試算し、EUの資源管理の実態と比較したものです[15]。

                    表1-1 日本とEUの資源管理の現状の比較(水産庁HP)

  •  表1-1 を見ると、EUでは、186系群中、資源状態もしくは漁獲圧力、あるいはその両方が乱獲状態にある系群が164系群もあり、その割合は88%に達します。なんと186系群中、約9割が乱獲状態にあるということです。

 これに対して、日本はEUのMSYの定義に従って判断すると不明となる系群が多く、84系群のうち52系群が不明ということです。不明を除いた32系群中28系群が乱獲状態となり、その割合はEUと同じく、約88%になります。不明が多いので日本の漁業管理に関しては何とも言えませんが、少なくとも日本がお手本として崇拝しているEUにして88%の資源が乱獲状態にあるという状況には、正直、驚かざるを得ないでしょう。

 資源管理に関しては、何故、漁業法を拙速に改正してまで88%の資源が乱獲状態にあるEUに見習おうとしているのか理解し難いところです。

1.8 米国の資源管理の実態

 これに対して、米国はEUとは大きく異なります。表1-2 に米国の場合を示しました[15]。米国の場合は資源水準からみて乱獲と判断される資源が、不明を除く234系群中16系群(6.8%)、漁獲圧力からみて乱獲と判断される資源が、同じく315系群中21系群(6.7%)ですから、乱獲状態にある資源は極めて少ないことになります。

    表1-2 日本と米国の資源管理の現状の比較(水産庁HP)

 しかし、「資源水準がMSY水準より高い資源が全体の9割以上などということが、すなわち、ほとんどの資源がかなり高い資源水準を維持しているということが、生態学的見地から見て本当に起こりうるのだろうか?」と筆者は強い疑念を抱きました。

 そこで1年以上前になりますが、2019年2月に、別件でメールのやり取りがあったワシントン大学のヒルボーン教授に、聞いてみることにしました。

 「日本の水産庁のホームページ上には、米国では、200以上の系群の90%以上の資源がMSY資源水準以上にあるとの記載がある。しかし、これは私には異常に高い値だと思えるのだが、これは、米国が資源管理に成功していることを意味しているのか、あるいは、米国では、ほとんどの資源が漁獲の対象となっていないことを意味しているのか」、また、「このような結果となる米国のMSYの定義とは、一体どのようなものであるのか」というのがメールでの質問内容でした。

 ヒルボーン博士は、彼の方が詳しいから、ということで、北太平洋の漁業管理委員会の委員長に長年就任されているワシントン大学のフルハーティ教授にメールを転送して下さいました。

 フルハーティ教授からの返信は、「ナショナル・スタンダード1(国家基準1)」[16]に記載されている内容を総合したものがMSYの定義であり、教科書にあるような MSY の定義というようなものはない」という回答でした(私信、ご本人のご許可を得て、内容を記載)。

 米国には水産資源管理の根拠法としてマグナソン・スチーブンス資源保全管理法(Magnuson-Stevens Fishery Conservation and Management Act、MSA法と略記)が制定されています。このMSA法には、資源管理計画を策定・実施するために満たすべきとされる10項目の国家基準(ナショナル・スタンダート)が定められています。

 その第1番目の項目が「国家基準1」ですが、「国家基準1」において「 最適漁獲(optimal yield)」とは何かが定義されています。また、冒頭に「国家基準1とは、米国の水産業のために、各漁業が過剰漁獲を防止し、(長期的な視点からの)最適漁獲を達成するための基準である」という文言が記されています。

 この「国家基準1」自体がA4で21ページにも及ぶ大部のものですが、その「国家基準1」を読むと、MSYやMSY資源水準という用語ももちろん出てきますが、資源を保全管理するための中心的概念が、「最適漁獲」であることがわかります。

また、「国家基準1」では、不確実性に対しても十分な考慮が払われており、「最適漁獲が定量的に特定できない場合は、最適漁獲を定性的に記述してもよい」とまで書かれていました。

 フルハーティ博士によると、「この21ページすべての内容を総合したものがMSYの定義である」ということですから、数行で記述可能な日本やEUのような硬直したMSY の定義と比べると、雲泥の差があると言えるでしょう。

  水産業に対する細かい配慮もされています。新しい科学的知見が得られたことによってTACが大きく変わってしまうようなことも、実際にはしばしば起こりますが、TACの急激な変更によって水産業が短期間に悪影響を受けないような規定も明記されています。

 また、驚かれるかもしれませんが、米国では、マイワシやサバは、いわゆる罰則規定を伴ったTACにより管理されているわけではありません。マイワシやサバに対し、漁獲ガイドライン(Harvest Guidline)を毎年設定していますが、漁獲ガイドラインは規制を伴わず、漁獲が漁獲ガイドラインを超えても漁獲の停止が強制されることはない、ということです[11]。

 表面的な出口規制等の管理制度の物まねをするよりも、米国の資源管理に対するこのような柔軟な考え方、水産業に対する木目の細かい配慮こそ、見習うべきではないでしょうか?

 しかし、このように柔軟で木目の細かい配慮を行っている米国においても、すべてがうまくいっているわけでは、もちろんありません。

 米国は排他的経済水域内の水産資源については、地域別に8つの資源管理機関で資源管理を実施していますが、地域ごとに資源管理の状況はかなり異なります。

 例えば、ニューイングランドのタラ漁業は、資源の減少が著しく、資源管理に成功しているとは言えません。ニューイングランド資源管理委員会は2010年から厳しい漁獲制限を実施していますが、同委員会が2009年から2010年にかけて策定した水産資源管理計画に対しては3件の訴訟が起こっています。そのうちの2件は漁業関係者が提訴したものでした。しかし、資源は回復せず、商務省は2012年と2013年に底魚資源の崩壊を宣言しています[17]。

1.9 規制改革検討チームの提言内容は妥当か?

 以上を見る限り、自民党行政改革推進本部・規制改革検討チームの提言(まえがき)[1] に記載されている漁業法改正の必要性については、以下の4つの反論が可能でしょう。

(1)日本は資源管理がうまく機能しておらず漁獲量が減少している→ EUや米国も漁獲量は減少しており、EUの方が日本より年間減少率は大きい。

(2)日本が漁獲枠を設定しているのはたったの 8 魚種にすぎない→ 8魚種以外の資源は全く無管理の状態ではなく、入口規制や資源管理型漁業が実施されている。

(3)日本の漁業者は高齢化し、漁村は限界集落化している→ 日本全体が高齢化しており、漁業者だけが、特に高齢化している訳ではない。

(4)漁業者の減少→ 第一産業の従事者の割合は、他の先進国でも同程度で日本だけが低いわけではない。

漁獲量の減少や漁業者の減少は必ずしも日本の漁業だけに限った問題ではなく、世界共通の傾向です。高齢化の問題も漁業だけに限らず、日本全体の問題であると言えると思います。上記の議論は、「統計で騙されない」ための、最初のよいトレーニングになったのではないかと思います。

 もちろん、日本の漁業、漁業制度がこのままでいいと言っている訳ではありません。改善すべき点は多くあり、大胆な改革も必要だと思います。しかし、単純な欧米礼賛は危険ではないでしょうか? 

 特に沿岸では日本は極めて多くの種類の魚を鮮魚として流通販売しているケースが多いので、単一種を大量漁獲し、冷凍して海外に輸出するといった産業構造とは大きく異なっています。そのような事情、地域漁業の特性等を十分に考慮する必要があるということです。

 制度を変更する場合は、十分に時間をかけ、十分な議論を重ねた上で決定を下すべきでしょう。遅まきながら、資源管理に関して、改めてじっくりと考えてみよう、というのが本書の目的ということです。

引用文献
1.  自由民主党行政改革推進本部 規制改革検討チーム. 2019. 4.24.
https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/policy_topics/
gyoukaku/resource_ management01.pdf
2.  水産庁HP(世界の漁業・養殖業生産)
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h29_h/
trend/1/t1_2_3_1.html
3.  水産庁HP(漁政の窓)
https://www.jfa.maff.go.jp/j/koho/pr/mado/attach/pdf/index-43.pdf
4.  総務省統計局. 労働力調査(長期時系列データ)
https://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html#hyo_1
5.  2018データブック. 国際労働比較動労政策研究.(独)労働政策研究・研修機構
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/index.html
6.  長谷川彰. 資源管理. 長谷川彰著作集第1巻. 長谷川彰・小野征一郎編著.成山堂書店. 2002.
7.  みなと新聞(大西洋サバ)
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/86239
8.   ニュージーランド ホキ不正記録
https://nzdaisuki.com/news/general/3039-2018-05-30-2
9.  水産庁HP(太平洋クロマグロの資源管理について)
https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_kouiki/nihonkai/attach/pdf/index-68.pdf
10.  クロマグロ訴訟 日刊水産経済新聞 2018.10.10
http://www.suikei.co.jp/  
11.  漁業先進国の漁業政策の分析
https://www.maff.go.jp/j/budget/yosan_kansi/sikkou/tokutei_
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12.  小川太輝. 2020. https://digital.lib.washington.edu/researchworks/handle/1773/46090
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16.  米国の国家基準  national standard 1
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17.  田口さつき. 2020. 北日本漁業経済学界. 2020. 4.10.


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