ここが問題! 新しい水産資源の管理  第8章 太平洋クロマグロ資源の変動と管理

日本政府は日本沿岸で漁獲される太平洋クロマグロに対して、2015年から漁獲枠を設定し、数量管理を始めました。

 しかし、2017年度は予想外に大量の小型魚が沿岸に来遊し、管理期間内(2017年7月~2018年6月)の漁獲枠を大幅に超過してしまう可能性が高くなったため、水産庁は2018年1月に、沿岸漁業者に対して、残りの5か月間にもわたる長期の操業自粛要請を発出しました。しかし、そのような操業自粛要請が、沿岸定置網漁業者を大混乱に陥いれたたことについては、既に第1章で述べた通りです。

 これは、環境変動を無視し、再生産関係が不明であるにも関わらず、MSY理論に基づいて加入量を予想していたことが、大きく判断を誤らせる原因になったと私は思います。

 すなわち、担当者は「親魚量が極めて低水準にあることが問題となっている状況下にあって、加入量がこれほど大きく増大することなどあり得ない」と考えていたのだと思います。

 本章では、第6章で述べた新しい資源変動理論に基づいて、太平洋クロマグロの資源変動の再現を試みることにします。また、再現したモデルを用いて、漁獲量規制を行った場合の管理効果についても検討します。

 これまで述べてきたことを応用すれば、本章で紹介するような複雑なシミュレーションも可能になります。第2章、第3章で説明した内容も、結構、高度な内容であったことがおわかり頂けるのではないかと思います。

8.1 太平洋クロマグロの生物学

 ところで、基本的な話になりますが、魚の年齢がどうしてわかるのかというと、鱗や耳石(じせき)の年輪を調べて、年齢を査定します。

 耳石というのは脊椎動物の内耳にある炭酸カルシウムの結晶からなる組織で、平衡感覚と聴覚に関与しています。人間の内耳にも耳石はあります。魚の耳石には木の年輪のような縞模様が1年に1本できるので、その数を数えると年齢がわかります。太平洋クロマグロの耳石を図8-1 に示しました [1]。


図8-1 太平洋クロマグロの耳石(大下誠二(2016)を改変)

 太平洋クロマグロは20歳以上生きることがわかっており、かなり長命です。また、成長が早く、生後3ヶ月で25-30cmになり、1歳で56cm(4kg)、3歳で108cm(26kg)、10歳で191cm(130kg)にもなります [2]。

 3歳で20%、4歳で50%が成熟し、5歳で60㎏になり、100%が成熟し、100万粒の卵を産みます。270㎏の成魚になると、1000万粒産卵するといわれています [2]。成長がはやく産卵数も多いので、太平洋クロマグロはとってもタフな魚だと言えるでしょう。

 産卵場は南日本から台湾の温暖な海域にあり、春から夏にかけて産卵します。最近、日本海西部にも産卵場があることが明らかになりました(図8-2)。

図8-2 太平洋クロマグロの産卵海域(水産庁HP)
  1.  回遊は太平洋西部海域が中心ですが、一部のものは太平洋を横断し、カリフォルニア沿岸まで回遊します(図8-3)。

図8-3 太平洋クロマグロの回遊海域(水産庁HP)

 図8-4 は太平洋クロマグロの年齢別漁獲尾数を示したものです[2]。0歳魚が非常に多く、2001年から2010年の平均でみると全漁獲尾数の67.1%が0歳魚、1歳魚は25.5%ですから、0歳と1歳だけで全漁獲尾数の実に92.6%が漁獲されていることになります。この図をみると、明らかに若齢魚を獲り過ぎていることがわかると思います。また、1995年あたりから、0歳から2歳魚の、いわゆる若齢魚の漁獲尾数が、かなり高くなっていることも分かります。

図8-4 太平洋クロマグロの年齢別漁獲尾数(水産庁HP)

 太平洋クロマグロは漁期が7月1日から翌年の6月30日までを1年間とし、資源分析を行います(図8-5)。また、4月1日時点で成熟している資源量を親魚量とし、7月1日時点の0歳魚尾数を加入量とします。従って、再生産成功率は、t年の0歳魚をt-1年の親魚量で割って計算することになります。2章での説明と異なり、親と子の関係が、集計上1年ずれるので注意してください。

図8-5 太平洋クロマグロの漁期年と暦年との関係


8.2 太平洋クロマグロの再生産成功率を再現する

 図8-6 は、太平洋クロマグロの再生産成功率を再現したものです[3]。太平洋クロマグロの場合は、親魚1トン当りの0歳魚尾数を再生産成功率と定義しています。

図8-6 環境要因を用いた太平洋クロマグロの再生産成功率(RPS)の再現結果

 環境要因としては物理的な要因として北極振動指数(AO)と太平洋10年規模振動指数(PDO)、「食う・食われる」等の関係を表す種間関係として餌になると考えられるマイワシ太平洋系群の0歳魚尾数を用いました。今後は、AOやPDOなどの物理的な環境要因ばかりではなく種間関係も含めた要因をまとめて海洋環境と呼ぶことにします。

 環境要因として用いたのは、北極振動指数(AO)の当年2月、3月、4月、6月、7月と、太平洋10年規模振動指数(PDO)の当年4月、9月、10月です、また、マイワシの当年0歳魚尾数も、環境要因として使用し、計9つの環境要因を用いました。

 図8-6 を見ると、1990年のように大きく外れている年もありますが、全体的な変動傾向はかなりよく再現されていることがわかります。

8.3  0歳魚尾数と親魚量を再現する

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