いつも朧げ

桜の満開の頃、近くの芹ケ谷公園でカレーでも売るかなんて、誰かが証拠裏もなくまた言い出しやがって、確かまたバカな徹(山本)と釜野(晋史)あたりが支度し始めやがったところ、諸藤が漫然と眺めてうち、タバコふかした自分が小走りで戻ると、ミスタービビリでお馴染みのヨシ君(中野氏)が何故かテンパってルーを炒めていたパンを後ろ向きに投げ倒すという荒技でもってまさかのカレーを焦げつかすという罪を犯してしまい、不味いカレーを仕上げた。
ヨシ君は場の空気を気まずくするなどしてカレー桜祭りまで焦げつかせるという失態をまで犯してしまったのだ。
こんなでテキ屋案もあえなく消えた。

そんなヨシ君を励まそうと、2人で散歩しようと、そして何か良い人を探そうとほど近い玉川学園までジンザイを探しにゆこうと誘って歩き始めた。玉川学園といえば日本で一番学費が高価だと評判の大学だとは存じていたので、肩やさ大阪の山猿、もう一方は和歌山のチンパンジーなので互いに蝶ネクタイをキメて散歩に挑んだ。
んな訳ないけど。
手話サークルの好感度の高い男子3.4にんに声をかけてその日の夕食に誘って我が宿舎(てゆうかただの一軒家)に招待した。

前菜はトマト(に塩
メインティッシュはキャベツ(の酢漬け
後からピクルス(売ってる
ドリンクはビール(みたいなやつ
500ml✖️2
デザートはプリン(ドンキで60円くらいのやつ
空を睨んで不満気な学生と、彼らの瞳ばかり追いかける腐った大人。
たまりかねた徹が
「アレ、出してもいっすか?」
諸藤社長「ちょ、約束とちがうだろ?」
アタス「上場した時のお祝いの時にみんなで飲もうと決めただろ💢」

アレとは、近くのヤマヤだかどこかで4リットル1600円くらいの大五郎を並々とそのへんの粗大ゴミから拝借した甕に注いだ液体。
その液体をこれまた粗大ゴミの柄杓で掬って、恐る恐る汚い竹のカップに容れたモノ。

そのモノを手にした学生はこれまた口に注ぐや開口一番
「んんん!マロいー!」
おっさん一同!
「だろーーーっ!!」
学生だろうが魯山人だろうが、大五郎だろうが越乃寒梅だろうが、マロいモノはマロいのであってそこに罪はないし誰も悪くはない。

結局、学生の3人だか、4人だかは一階の宿舎(と言うかただの民家)で川の字で寝る際に「1人2000円高くね?」「おっさん4000円だからしかたなくね?」て会話を無事ヨシ君が聞きつけたと聞き、おっさんは眠りにつけたと言うしだい。

何故受験塾でもテキ屋でもなく、漫然とまだよくわからない、不確実な介護の人材業界を選択したのか。
世間受けしそうだから?
儲け出そう?
良い人取れそう?
お金出してくれそう?

いま自信を持って言える事は、胸を張って言える事と言えば、あの当時どの会社も、本気で取り組んでいなかったからなのではないかと。

いくつかは、介護や医療の業界の人材供給の分野で活躍していた会社はあったろう。
でも、当社ほどの本気さで取り行っている会社はなかったのではないか?